バーテックス


 どうにか踏ん張って揺れに耐える。戦闘の邪魔になりそうなヤーチョウたちは影に収納して、俺は揺れを起こしているものがいるであろう方向に向けて剣を構えた。



「〈遠視〉」



 ここより少し森の中心に近い辺り。この大きな揺れを起こしている巨大なヤーチョウの姿を捉えた。怒り狂って突進してくるヤーチョウは周りの木々を薙ぎ倒してこちらに向かってくる。



「めっちゃデカいのが来る」


「多分それ、バーテックスだよ」


「バーテックス?」


「うん。一族の長のことをバーテックスって言うんだ。一族で1番強くて賢いんだよ」



 一族の長。そう言われればあの大きさも納得できなくもない。



「フロスもバーテックスなのか?」


「母さんはバーテックスの中の頂点、クライマックス・オブ・バーテックスだよ」


「めちゃくちゃ凄そうだな」


「実際凄いよ! あのね!」



 サランがフロスの自慢話を始めようとした瞬間、目の前の木がメキメキと音を立ててこちらに倒れ込んできた。



「避けろ!」



 俺は咄嗟に〈闇属性魔法〉で全員分の影を通路に変えた。そしてそのまま影に潜って、近くの森の影から地上に戻った。



「大きすぎるでしょ……」



 望実は声を震わせて、ギュッと母さんを握り締めた。リオラもくちをパクパクさせていて、ヤーチョウのあまりの大きさに驚いていることが分かる。


 ヤーチョウのバーテックスは、体長が普通のヤーチョウの2倍ほど。かなり肉厚で美味しそうに見えるけど、大きくなるために肉が固くなってるとかはよく聞く話。食べられないのに狩るのは気が引ける。



『ヤーチョウの羽も肉も高額で売れるって。素早くて狩るのが難しいけど、寒い北の大地を乗り切るには必須のアイテムなんだって』


『もうだいぶ狩れてるけどな』


『ヤーチョウはD級の動物だけど、普段はC級以上の冒険者が狩ってるらしいよ。AGIがヤーチョウより低いと話にならないからってことで』



 母さんの話を聞く限り、リオラが戦うことは厳しかったかもしれない。リオラのAGIは18。一般的なヤーチョウの半分程度だ。


 戦略を悩んでいる間、ヤーチョウのバーテックスはヤーッと低く轟く鳴き声を上げながら手当たり次第に木を薙ぎ倒す。あいつの家族を探しているのかもしれないけれど、これ以上森を壊されるのは避けたい。



「あの、サクヤさん」



 リオラにちょいちょいとブレザーの裾を引っ張られて振り向くと、リオラはギュッと手を握り締めたまま俺を見上げていた。



「私が〈範囲防御〉で皆さんを守ります。その間にサクヤさんとノゾミさん、サランで倒してください。バーテックスが縄張りから外に出て来た場合、倒さないと街に被害が出ます」



 リオラは真っ直ぐに俺を見つめてくる。リオラだってここまで一緒に戦ってきた。やってやれないことはないはずだ。



「分かった。防御は任せる。リオラは弓、俺は魔法、サランは……」



 そういえばサランは〈空気凝固〉しか使えなかった。魔法で遠距離攻撃は難しいかもしれない。



「サラン、遠距離で戦えるか?」


「うーん、やったことない」



 サランの戦力は期待できないか。それなら俺と望実で。そう思った時、サランの揺れるしっぽが目についた。頭の中で、フリスビーを咥える犬の姿が思い浮かぶ。



「サラン、固めた空気を投げることはできるか?」


「やったことはないけど……やってみる!」



 サランはしっぽをブンブン振って、フンスと鼻息荒く気合を入れた。もしダメでも、俺がどうにかすれば良い。共闘するときは〈共有〉で経験値を同じだけ得れば良いけれど、数値に現れない戦闘の経験を付けさせたい。フロスからサランを預かったからには、俺にできることはしてやらないと。



「よし、行くぞ」



 俺の合図で全員で一斉に森から飛び出した。その瞬間、ヤーチョウは俺たちに向かって口を開けた。炎の塊が生成されて、勢いよく俺たちの方に飛んできた。エグスだったとは想定外だ。



「〈範囲防御〉!」



 リオラがナイフを天に掲げて叫ぶと、俺たちの周りに結界が張られた。炎は結界に弾かれてそのままヤーチョウの方に向かっていく。首を傾けるだけでそれを避けたヤーチョウは、さながらヤンキー漫画の主人公のようだ。



「お兄ちゃん! 森が燃えちゃう!」


「大丈夫、すぐ消すから」



 慌てる望実を宥めながら、俺は〈水属性魔法〉で燃え盛る炎を打ち消した。その間にもヤーチョウは炎なんかには目もくれずに俺たちに向かって体当たりしてくる。とはいえリオラの魔法はA級なだけあって強力だ。揺らぐ気配もない。



「あの、まだ耐えられますけど、私はHPが少ないので、早めにお願いします」



 魔法と違ってスキルの使用にはHPを消費する。少し苦しそうなリオラを見て、望実が弓を構えた。現れた光の矢を番えてキリッと静かに弓を引く。



「〈空気凝固〉」



 サランも目の前の空気を固めて、ぶっつけ本番でそれを飛ばそうとイメージを固めている。俺が今やるべきことは、2人をサポートすること。俺が倒したら意味がないけど、ここで倒しきれないとリオラの魔力が枯渇してしまう。



「〈闇属性魔法〉、〈風属性魔法〉」



 放たれた光の矢と空気のフリスビーをそれぞれ〈闇属性魔法〉と〈風属性魔法〉で補強する。威力、そして速さが増したはず。



「ヤーッ!」



 ヤーチョウは炎を吹いて対抗したが、矢とフリスビーに切り裂かれて消えて行った。そのままヤーチョウも切り裂かれて、辺りに青い魔液が飛び散った。


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