フェンリルの少年


 バラバラに飛び散った肉片まで〈風属性魔法〉で回収して、〈聖属性魔法〉で除染してから〈水属性魔法〉と〈闇属性魔法〉で冷凍、影に収納した。ヤーチョウのバーテックスの魔石はリオラに飲ませて魔力の回復と増強をしてもらった。これでリオラの魔力量も3桁に到達した。


 全ての作業を終えて、〈遠視〉でこの先のルートも確認する。ここから東に直進すればすぐにマリアーナに到着できそうだ。森に入って休憩したおかげで道をショートカットできたようだ。夜になる前に街に辿り着けそうなことに安心して振り返ると、望実とリオラがしっぽを垂らしたサランを元気づけているところだった。



「どうした?」



 しゃがみ込んでサランと視線を合わせると、サランは耳もペタッと垂らして地面に伏せた。



「サクヤお兄ちゃん、ボク、びっくりしてエグスだって気がつけなくてごめんなさい」



 サランは魔力が分かる。確かにサランが気がつくことができれば炎への対応ももっと的確にできたかもしれない。



「そうだな。でも、サランはまだまだ戦闘経験は浅いだろ? これから気をつければ良いからな」



 サランの言葉を望実とリオラにも通訳してやると、望実はサランの頭をわしゃわしゃと撫でた。



「大丈夫だよ! こんなこと言ってるお兄ちゃんだって実際の戦闘経験なんてほとんど無いし、私もほとんど無いよ? だからいつどこで失敗するかなんて分からないんだから」


「望実、変なフラグを立てないでくれ?」



 こんなことを言っていたら次の戦闘で俺か望実が何かミスをしそうだ。



「と、とりあえず、先へ進もうか。この先、来た方とは反対に歩いてこのまま真っ直ぐ行けば森を抜けられる」



 街までは何事も無く進められれば良いんだけど。ついため息を吐きそうになってしまったけれど、飲み込んで歩き出す。今度は望実も自分で歩くから、俺を先頭にサラン、リオラ、望実、母さんと続いた。


 森を歩きながら出てきた怪物や動物を倒しては冷凍して影に収納する作業を続けた。主にリオラとサランが戦いながら魔法の精度を上げていく。


 リオラは魔力量が増えたことで〈水弾〉を放てる回数が増えた。〈範囲防御〉にしても持続時間が増えたことでリオラは攻守ともに成長した。


 サランは〈空気凝固〉を1人で投げる練習をしながら戦闘していたら、新しい技を覚えた。〈風の鎌〉は名前の通りに風でできた鎌を振り回す技だ。フリスビーを飛ばすよりも安定して攻撃が当たるようになった。


 それを見て、俺も昔見たことがある鎌に鎖を付けたものを風で再現して作ってみた。普通に鎌として戦うも良し、鎌を投げてから引き戻したり鎖で相手を絡めとってしまっても良し。武器としての使い勝手はかなり良い。



 倒した怪物や動物たちを解体すると、エグスが減ってアブスばかりになっていく。初めて遭遇したヨメフクロウ、オトフクロウ、フタクビフクロウもそれぞれ解体して食材と装備の材料として影に収納しておいた。


 E級に分類されるヨメフクロウは全てメス、オトフクロウは全てオス。この2種族で交尾して成した子はまたヨメフクロウとオトフクロウに2分されるという特色のある動物だ。


 こちらもE級に分類されるフタクビフクロウは名前の通り首が2つ生えている怪物だ。両方の首を同時に撃ち落さなければ倒せない厄介な相手だが、俺たちにかかれば倒せないわけがない。


 母さんによれば、この3種類のフクロウたちは夜行性。夜は世界中の魔力が活発化するため夜に狩りに出る冒険者は少ない。そういうこともあってランクは低くても希少性が高くて肉も羽も買い取り価格は高くなる。


 今回出会えたのはサランがノーツウサギと戦ったときに発した威圧に触発されて出て来てくれたから。昼に出会えるのはこういうことでもない限りあり得ないことだと言う。



『さぁ、もう着くよ』



 母さんの声が聞こえてすぐ、木々に遮られていた視界が開けた。急に潮の香りが漂い始める。真っ直ぐ続く道の先、深い谷に架かった1本橋の向こうには大きく口を開けた龍を模した巨大な石門が見える。



「あれが……」


『マリアーナ。海辺の街』



 門の前には人々が列をなしている。検問でもしているのだろうか。



「サクヤさん、検問には魔力を測る装置が使われます。あれをどうにか突破しなければ、街には入れません」



 リオラの言葉にふむ、と考える。〈隠蔽〉でどこまで隠せるのかは分からない。けれど今思いつく術は他にない。とにかくこれで、やってみるしかない。



「俺とサランとリオラに俺のスキルで〈隠蔽〉をかける。俺とリオラは魔力をゼロに、サランは姿も人型に変える。望実も勇者の称号は隠しておこう」



 リオラとサランが戸惑いながらも頷く。望実は分かっていたとでも言いたげに普通の顔で頷く。俺の考えなんて読み取られているんだろうな。



「〈隠蔽〉」



 俺は目を閉じて、手始めに3人分の魔力を隠す。望実の称号も隠したら、さらにイメージを強めてサランに新たな姿を与える。銀狼の俺と並ぶなら、耳としっぽまでは隠す必要もない。


 俺が目を開けると、目の前にイメージ通り雪のように真っ白な毛に覆われた耳としっぽの生えた少年が立っていた。サランの話しぶりに合わせて望実とリオラより少し幼い姿にしてみた。


 この世界に成人の概念はないらしいから、幼くても冒険者登録は可能。それならサランにとって無理のない姿にする方が良い。そしてこれを機に無属性魔法の〈言語筆記〉と〈言語発話〉、〈言語理解〉を〈共有〉しておいた。



「サクヤお兄ちゃんとお揃い!」


「わっ! サランの言葉が分かる!」


「他にもいろいろ、必要になりそうなスキルを〈共有〉したんだ。これで戦闘の連携も取りやすくなる」



 俺と似た姿になったことを喜んで飛び跳ねるサランと、サランと意思疎通ができるようになって喜ぶ望実。リオラは目を輝かせて俺を見上げた。



「どうした?」


「魔法だけじゃなくてスキルもたくさん持っているなんて! とても凄いと思います!」


「あ、ありがとう」



 なんだか照れ臭い。だけどリオラはこんなにも懐いてくれているのに隠し事をしていることが心苦しくもある。



「ほら、行くぞ?」



 もやもやした気持ちを誤魔化すように先陣を切って歩く。今はそんなことを考えている場合じゃない。


 兎にも角にもこれで準備は整った。いざ、初めての街へ出発だ。


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