レッドハルピュイア


 目の前で広げられた翼の美しさに目を奪われていると、手のひらサイズの羽が生えた女は俺の手から飛び降りた。そして威嚇するように大きく翼を広げた。真っ赤な孔雀の羽のようだ。



「どなたですの?」



 甲高い声は俺としてはあまり好ましくない。だけど恐らく100人いれば99人は美しいと形容するような容姿をしている女だと思う。鳥女は腕が翼になっているらしい。鳥の上半身と顔だけが人間の女、ギリシャ神話のハルピュイアに似ているかもしれない。因みに自動変換されるから分かりにくいけれど、声も鳥の鳴き声だと思う。



「俺は朔夜。こっちはサランだ」



 サランは鳥女を完全に警戒している。しっぽの毛が逆立っているから、背中をそっと擦って落ち着くように促した。



「〈鑑定〉」



 ついでに鳥女のステータスを〈鑑定〉してみると、種族はレッドハルピュイア。アブスで名前はアルハと言うらしい。ステータスだけ見ればリオラよりも弱いからここで暴れ始めても対処は簡単そうだ。



「勝手に覗くなんて悪趣味ですわね」


「これは失礼しました。アルハさん」



 バレるとは思わなかった。けれどアルハが不機嫌そうにみせながら、一瞬キラリと目を輝かせたのを俺は見逃さなかった。



「まあ、良いですわ。あなたがあの檻から助けてくださったんですものね」


「そうですね。この宿で問題が起きて出て行かなければいけないような事態になれば困りますから」


「そう。ねえ、あなたって強いんでしょう? それにとても格好良いわ」



 急な猫撫で声に気分が悪くなる。ついでにスッと隣に飛んできて、軽くボディタッチまでされるから吐き気がする。サランの顔もドン引いているし、檻に戻るなりここから出ていくなりして欲しいところだ。


 これを生理的に無理と言うのだろうなとぼんやり考えながら、それでも何かできることはしてあげた方が良いだろうかとも思う。



「私、美しいでしょう? だから多くの奴隷商に狙われているの。だけどあなたほどの力を持つ方の傍にいられれば、私の身も安全だと思うのよ。だから、ね?」



 アルハのルビー色の目が俺をロックオンしたのを感じた。背筋が凍るこの感覚。彼女の所持スキルは〈魅了〉だ。つまり俺に〈魅了〉を掛けて仲間にしようとしているのだろう。


 1度掛かれば〈魅了〉スキルをゲットできる。だけどこの女の手中に入るのは、申し訳ないけれど嫌だ。自己中心的で自信過剰、それに顔も好みのタイプではない。相手が望実かリオラなら掛かってあげても良いんだけど。



「ごめんね」



 俺はアルハに謝って〈聖属性魔法〉で目くらましをした。当然自分は目を瞑ったし、サランの目は俺の手で覆った。



「ギャッ」



 何も対策を取れなかったアルハだけが目くらましに引っかかってふらりと体勢を崩した。光が収まった瞬間に〈風属性魔法〉で檻を作ってそこにアルハを捕まえた。



「ごめんね。だけど俺はアルハさんの味方ではないですから」


「売り飛ばすつもりか!」


「いえ。それは趣味ではありません。もしこちらに危害を加えないというならば街の外の人気のないところまで転送しましょう」


「危害……? あなた、私の素晴らしき〈魅了〉の力を危害だというの?」


「望まない相手に掛けられたら危害ですね」



 それよりもどうして奴隷商に〈魅了〉を掛けて脱走しなかったのかの方が気になるけれど。


 とはいえ俺の解答が気に食わなかったらしいアルハは顔を羽の色と同じくらい真っ赤にして憤慨した。ガンガンと檻に身体をぶつけて逃れようとする。当然壊れるはずもないし柔らかいから怪我をする心配もない。だけど次第に力を増すアルハを見ていると可哀想に思えてくる。


 仕方なく檻を解除して出してやると、アルハはそのまま俺に襲い掛かって来た。〈聖属性魔法〉で結界を張って弾き返すと、アルハはヨロヨロとよろめいた。



「負ける気はしませんが、戦いたいと言うならば宿の外でどうですか?」


「……いいえ。もう良いですわ。ここまで人に嫌われたのは、初めてですもの。好奇の目で見られるのも辛いものですけれど、嫌われるのはもっと辛いですわ」


「べつに嫌いではないですけど。ただまあ、身勝手なところは好ましくはないですね」


「身勝手、ですか。そう、私も結局あの人たちと同じなのですね」



 アルハはそう言うと目を潤ませる。俺が悪いことをしたみたいだ。



「そうやって自分が可哀想みたいな顔をしていても、サクヤお兄ちゃんは引っかからないよ」



 サランがフーッとアルハを威嚇する。そういえばサランは〈読心〉スキルを持っている。アルハがどんな顔をしようが、何を言おうが、サランには心の内が読めてしまう。



「あぁもう、なんて面倒な犬たちよ」



 アルハは小さく荒い言葉を吐く。しばらくサランを見つめていたけれど、面倒臭そうに翼で頭を掻きむしった。媚びるような顔よりもこっちの顔の方が好ましく思う。



「まあ良いですわ。変な奴に売り飛ばされる前に助けてくれたんですもの。それに感謝をして、ここを去りますわ」


「これからどこに行くんですか?」


「あなたが言ったのでしょう? 人気がないところまで連れて行っていただきますわ」



 フイッとそっぽを向いたアルハは、すぐそこに見えるファストの森を見つめながら何か考えている顔をした。



「良いんじゃない?」



 突然サランが声を掛けると、アルハは一瞬驚いた顔をしたけれど呆れたように首を横に振った。



「……全く、勝手に心の中を読まないでちょうだい」


「ごめんなさい」



 しゅんと耳もしっぽも垂らしたサランの傍にスッと寄ったアルハは、その頭を止まり木にして俺を見据えた。随分自由な子だ。



「助けてもらったお礼に、私が何か危険を感知出来たら伝えに来て差し上げますわ」


「良いんですか?」


「ええ。ただし1度だけですからね」



 念押ししたアルハはスッと飛び上がるとパタパタと翼を羽ばたかせて俺の前に飛んできた。そして俺が差し出した手の上にちょこんと乗っかった。



「ありがとうございます。それでは、転移させますね?」


「ええ。こちらこそありがとうございました」



 アルハは翼を広げて恭しく頭を下げた。俺はそれに頷いて応えて、〈瞬間転移〉の〈無属性魔法〉を発動させた。空間がぐにゃりと歪んで、アルハはファストの森の奥へ飛ばされていった。


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