防犯には無属性魔法


 宿の部屋にはベッドとテーブル、椅子が1つずつ置かれているだけで他には何もない。俺はとりあえずベッドに腰かけた。思っていたより硬い。布団の下は木。それは硬いわけだ。後で望実たちに水と空気のクッションを持って行ってやろう。



「ステータスオープン」



 早速ステータスを開いて防犯や宿生活で使えそうな無属性魔法を探す。


 俺が今使える無属性魔法は全部で32種類。これまであまりゆっくり確認できなくて上の方に表示されていたものばかり使っていたが、これが結構面白い。七つの大罪まで魔法として所有しているけれど、これを使うと一体どうなるのやら。


 それと、これまで他の属性魔法で行っていたことも無属性魔法で代用できそうなものもある。例えば〈瞬間転移〉はこれまで〈闇属性魔法〉で影に潜っていたものと使い方としては同じだろう。他にも〈発火〉や〈念動〉は〈火属性魔法〉と〈風属性魔法〉で行っていた。


 そして驚いたのは〈跳躍〉だ。〈跳躍〉はスキルとして取得したものと同じだろう。スキルと無属性魔法の違いについてはよく分からないけれど、より跳べる方を重宝するとしよう。


 無属性魔法は魔法の中で唯一魔力の消費がない。その点はスキルと同じだ。戦闘中に魔力が枯渇することも考えて、1つ1つに慣れておいた方が良いかもしれない。


 さて、そもそもの目的は防犯と生活で使えそうな無属性魔法だったか。分かりやすく使えそうなのは防犯用に〈探知〉と生活のサポートに〈睡眠〉かな。眠れない夜は魔法で眠ってしまえば良い。



「さてと、試しにやってみるか」



 それっぽく見せるために1度ベッドから立ち上がってしゃがみ込む。床に両手をついて、スッと目を閉じた。



「〈探知〉」



 魔法を発動させると、頭の中に一気に建物全体の情報が青い立体的な模型のように流れ込んできた。人の位置も正確に把握できる。俺の部屋の前でサランが入って良いものかとうろうろしている。望実とリオラはベッドに腰かけて談笑中。


 1階ではカミオさんとラムさんだろうか、2人が配膳をして、厨房で1人が料理をしている。お客さんは全部で30人。座席は満席だ。1階に異常はなさそうだ。


 もう1度2階に戻ってきて、望実とリオラの隣の部屋。人の気配はないし、特に危険そうな様子もない。2人に危害が加えられるようならば半殺しにしなければ気が済まないからな。ホッとした。次は俺の隣のサランの部屋、のさらに隣の部屋。



「人が2人か」



 サランの隣も1人部屋だ。来客でも来ているのだろうか。だけど特に異常はなさそうかと安心しかけたとき、部屋の隅で何かが赤く点滅していることに気が付いた。点滅は少しずつ加速する。なんだか嫌な感じだ。


 ここでは壁があるから森では活躍した〈遠視〉が使えない。他に使えそうな魔法はあったっけ。



「ステータスオープン……あった。〈透視〉」



 赤く点滅している辺りを強く意識して魔法を発動させると、そのポイントの映像が脳内に流れ込んできた。小さな檻。その中に何か、檻と同じくらいの大きさの生き物がぎゅうぎゅうに押し込まれている。その目はギラギラと燃えるように輝いて、今にも檻を破壊して飛び出しそうだ。


 何か情報はないかと観察していると、檻に押し込まれた生き物の口らしき場所が動いている。何か言葉を紡いでいるようだけど、〈透視〉では音は聞き取れない。


 どうにか唇から言葉を読み取ろうとしたとき、ドアが控えめにノックされた。



「サクヤお兄ちゃん」


「サラン? どうぞ」



 正直それどころではない。だけど事情を説明することもできない。


 ドアが開くと、情けなく泣きそうな顔をしたサランがピョンッと飛び込んできて、俺に飛びついて来た。慌ててそれを抱き留めると、サランの身体が小刻みに震えていることに気が付いた。



「サラン、どうした?」


「えっと、あのね? 隣の部屋から『苦しい、助けて』って声がずっと聞こえて来たの。人族でも犬系の獣人族の声でもないから、怖くて……」



 『苦しい、助けて』その言葉はきっとあの囚われた生き物の声だ。サランは今、俺が〈言語理解〉を〈共有〉した影響を受けているのだろう。



「いいか、サラン。サランは今、俺のスキルでどんな言語も理解できるし、書くことも読むこともできるんだ。説明が遅くなってごめんな」



 サランの背中をゆっくり擦りながら、宥めるように落ち着いた声で話す。サランは鼻をスンスンと鳴らしながら聞いていたけれど、次第にそれも落ち着いてきた。



「サクヤお兄ちゃんのスキル……そっか! はぁ、ボク、驚いちゃったよ!」



 最初は噛みしめるように言葉を紡いだサランだったけど、すぐにいつもの調子に戻った。ケラケラと笑う姿に安心すると同時に、切り替えの早さを羨ましくも思う。



「だけど、あの声の正体は一体何なんだろうね」


「うーん。確かめてみるか」


「え?」



 サランがこてっと首を傾げると、ふさふさの白い耳が同じ方にポテリと倒れた。あどけなくて可愛い。



「まあ、見てろって」



 可愛い子の前だとつい張り切ってしまうのは俺の長所でもあり短所でもある。俺は意識をあの生き物に移す。



「〈瞬間転移〉」



 魔法を発動すると、目の前の空間がぐるりと歪んだ。そしてその歪みから、さっき〈透視〉した生き物が落ちてきた。


 慌ててキャッチすると、俺の手の上で慌てて起き上がったその炎のような色の生き物はばさりと大きく翼を広げた。


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