宿の母娘
カウンターの前に進み出ると、目の前でドンッと肘をつかれた。
「あんたたちは、冒険者?」
「の、試験を明日受けます」
「そうかい。ま、もしかしたらこれからもよろしくするかもってことだね。あたしはこの宿屋【カミーヌ】の女将、カミオだよ。あんたらは?」
恰幅の良い快活な女性、といった印象だろうか。勢いの良さは母さんに似ているかもしれない。
「俺は朔夜です。こっちは望実で、この子たちはリオラとサランです」
「うちの子くらいかそれより若い歳で冒険者になろうってことは、いろいろあるんだろうね。ここを我が家と思ったって良いからね」
「ありがとうございます」
ニカッと笑ったその笑顔もどこか母さんに似ている。安心感もあって、本当にここを我が家のように思える日が来るかもしれない。
「それで? 今日はご飯? 宿泊?」
「宿泊とご飯、両方お願いできますか?」
「あいよ。部屋は何部屋いる?」
俺とサラン、望実とリオラで分かれた方が良いだろうか。兄妹とはいえ、望実はもう俺と同じ部屋は嫌だろう。もちろん俺は全然ウェルカムだけど。
「最低2部屋お願いしたいです」
「うーん、そうさね。2人部屋が1室と1人部屋が2室空いてるから、それでも良いかい?」
「はい、お願いします」
それなら俺とサランで同室にして、望実とリオラを個室に……
「お兄ちゃん! 私リオラと同じ部屋が良い!」
俺の思考を遮って、望実が目をキラキラと輝かせる。すっかりリオラのことを信用して、仲良くなったんだなと思うと涙がほろりと零れてしまいそうだ。
「リオラはそれで良いか?」
「わ、私はノゾミさんが良いなら……」
「本当に?」
視線を彷徨わせるリオラ。顔を近づけてもう1度問い直すと、あわあわと頬を赤く染めながらも今度はしっかりと頷いてくれた。
「はい!」
「よし。それじゃあそうしようか。サランと俺は1人部屋だ」
「えぇ……」
「寝るとき以外は俺の部屋にいても良いからさ」
「それなら、分かった……」
これはもう早い者勝ちだな。それに俺は3人を守るためにやっておきたいこともある。その工程はあまり見られない方が良いだろう。
渋々ながらサランが納得すると、カミオさんは鍵を3つドンッとカウンターの上に置いた。
「とりあえず夕飯を準備するから、部屋に荷物を置いてきな。娘に案内させるから」
「分かりました」
俺が3つの鍵を受け取ると、カミオさんは食堂の方を見て大きく手招きをした。
「おーい、ラム! そっち代わるから案内よろしく!」
「はーい!」
呼ばれてこちらに来てくれたのはさっきの猫のようにしなやかな動きをしていた女性だった。そういえば、どことなくカミオさんと似ている。
「これは娘のラムキン。じゃ、よろしく」
カミオさんはラムキンさんの背中をバッシバシと叩くと入れ替わりで食堂の方に戻って行った。シャンと背筋も伸ばされて凛々しく頼もしい。
「改めまして、ラムキンです。ラムとお呼びください。サクヤさんとノゾミさん、リオラさん、サランさんですね。では、お部屋にご案内いたします」
いつの間にかカミオさんが残していたらしいメモを見ながら俺たちの名前を確認したラムさんの案内で2階に上がった。木製の階段は思ったよりは静か。だけどやっぱりよくあるミシミシ音が鳴ってしまう。
「この音はどうしても抑えられないんですよね。ですが、壊れることはありませんから安心してください! さあ、まずはこのお部屋です!」
1号室と書かれたプレートがかかる部屋と、隣の2号室のプレートがかかった部屋。ラムさんがドアを開けると、どちらにも1人分のベッドが用意されていた。
「ここが1人部屋です。お好きな方にお入りください。そして、こちらが2人部屋です」
ラムさんは向かいの6号室と書かれたプレートがかけられた部屋のドアを開ける。そこにはやっぱりベッドが2つ。望実とリオラは嬉しそうに部屋に駆け込んでいった。
「現在空いている部屋はこの3室だけなんですが、その、足音が1番聞こえるので夜中に起こされる可能性がありまして……」
「なるほど」
とはいえここ以外に当てはない。背に腹は代えられないか。
『はいはーい。そこのお困りのお兄さん!』
『お助けアズサさん!』
『なんそれ』
『いや、分からんけど』
突然〈念話〉で話しかけて来た母さん。また耳より情報があるんだろう。とはいえそうでなくても母さんの声を聞くだけでホッとするから、こうして話しかけてくれると俺が嬉しい。
『ま、いいや。この宿、冒険者が多いから中にエグスの獲物を持ち込まれることもあるみたいでね。その関係で魔力感知器を設置していないんだって。だからここでも魔法は使い放題』
『なるほど』
それなら安眠対策も取り放題だし、お風呂にも入らせてあげられるかもしれない。
『母さんありがとう』
『いえいえ。宿にいる間に望実とリオラに何かあったら大声で叫ぶから、よろしくね』
『頼みます』
〈念話〉が切れると、俺はラムさんに向き直った。
「しばらくお世話になります。ラムさん、ご親切に教えていただいて、ありがとうございました」
「……い、いえ!」
ラムさんは一瞬動きを止めた。しかしすぐにハッとするとブンブンと首を振った。そして顔の横に垂れた髪を耳に掛け直して俺に見上げた。
「あ、あの、お夕飯も美味しいですから、楽しみにしていてください。時間になったらお呼びしますね」
こてりと首を7℃ほど傾けながらアヒル口できゅるりとした目を向けられた。切れ長のマリンブルーの瞳。そういえば、髪色も瞳の色もリオラと同じ色だ。
なんて考えている間にラムさんはパタパタと階段を駆け下りて行ってしまった。
「またお兄ちゃんは……」
「サクヤさん」
『朔夜、ばーか』
「えっと……?」
俺とサランがキョトンとしている中、望実と母さんは何故か呆れている。リオラはぷくっと頬を膨らませていて可愛らしい。けれど視線は痛い。
冷ややかな目から逃れるように、俺はそろっと1号室に入ってドアを閉めた。
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