宿屋


 リオラの武器をナイフかまたは他の形態かで作ってやる必要がある。それと同じように、サランにもいつか必要に応じて武器を作ってやりたい。遠距離でも近距離でも戦えるようになっていた方が生存率は上がるはずだ。


 俺は〈聖属性魔法〉を使って家族と仲間を守るだけじゃなくて、俺がいないところでもみんなが生き抜いていけるようにサポートをしていきたい。知り合いが無残に殺される姿なんて見たくはない。


 俺が魔王として君臨して、賢者になって。そして世界を平定したなら世界中の誰もが家族を奪われない世界にしたい。だけど殺し合うしかない内は、自分が生き残るために必要な行動をしてもらいたい。


 なんて言ってはいるけれど、食べるために動物や怪物を殺す世界は終わらないだろう。それは新たな怨みを生むだけだ。俺は賢者になって、その循環すら断ち切れるようになりたい。



「サラン、明日までに一緒に作戦を練ろう。サランなら大丈夫だ」


「サクヤお兄ちゃん……」



 サランは空色の瞳で俺をジッと見つめる。心を読まれてしまった気がするけれど、仲間ならば知られて困ることはない。いや、俺が魔王であることはリオラにもサランにも言っていない。それを知られて口外されれば困るかもしれないな。


 サランは驚いたように目も口もぽかんと開けたけれど、顔のパーツをギュッと中央に集めた。どういう感情なんだろう。



「サクヤお兄ちゃんが大丈夫って言うと、大丈夫な気がする!」



 サランはギュッと顔のパーツを集めたままの顔でそう言った。もしかして、何もなかったふりを装ってくれているのかな。そうだとしたら有難いし、可愛らしいな。



「んふふ」



 急に笑い出したサランに望実とリオラは怪訝そうな顔をして顔を見合わせた。サランが〈読心〉スキルを持っていることは2人には伝えていない。戦闘時に必要になるようなら情報を共有するつもりだけど、今はまだその時ではない。


 つまり望実とリオラからすれば、今のサランは突然何もないところで笑い出した変なやつ、だ。



「いや、あの、ボク……」


「お待たせしました!」



 サランが何か言いかけた時、ドアがバンッと開いてバイタオさんが戻ってきた。その手には大きな麻袋が握り締められていて、硬貨の形が浮き彫りになっている。



「11,085,150エンピアですので、金貨1108枚と銀貨51枚、銅貨50枚です。ご確認ください!」



 麻袋が机の上に置かれるとドンッという鈍い音とともに、硬貨同士がぶつかり合う甲高い音も聞こえる。これをそんな枚数確認するのは骨が折れる。だけどお金はあるに越したことはない。しっかり確認しないと。



「ありがとうございます!」



 麻袋を開けて、ひっくり返して硬貨をぶちまける。それから硬貨の種類ごとに仕分けて、サランが銅貨、望実が銀貨、俺とリオラで金貨の枚数を数えた。1人では大変でも全員でやればあっという間、とは言えないけれどかなり早く終わる。


 俺とリオラがどうにか1000枚を超える硬貨を数え終わると、言われた通りの枚数があることを全員で確認してから麻袋に硬貨を戻した。



「バイタオさん、ありがとうございました」


「いえいえ。またお待ちしております」



 支払った額はかなりな額だったのにそう言ってもらえるということは、今買い取ってもらったものたちは高額で取引されることになるのだろう。


 満面の笑みで見送ってくれたバイタオさんに手を振りながら冒険者ギルドを出ると、すっかり日が沈んで辺りは真っ暗になっていた。その足でバイタオさんおすすめの駆け出しの冒険者向けだという宿屋に向かう。


 宿屋の1階は定食屋になっているらしく、そこも安価にマリアーナならではの食事が提供されるとの話だった。今日の夕食はそこでいただこう。


 ギルドからあまり遠くないところ。街の入り口から真っ直ぐに伸びた通りを1本渡ったところに宿屋はある。有事の時にも新人が飛び出していける好立地だ。


 ギルドと変わらない色合いだけど、ギルドよりは少しこぢんまりとしたアットホームな落ち着きのある外観。木製のドアを引き開けると、ガランガランという低いベルの音とともに、中からはオレンジ色のあたたかな光が漏れてきた。



『エグスは魔法で灯りを付けるけど、アブスは蛍光石って発光する特殊な石を灯りにしているんだって。カラーバリエーションも白、オレンジ、赤、青、黄色、紫ってあって、珍しいものだと他にもあるらしいよ』


『光の三原色だけじゃないんだな』



 流石に地球の常識だけでは計り知れない世界だ。



「おやおや? 見ない顔だね?」



 声が聞えた方を見ると、カウンターのような場所に恰幅の良い女性がこちらをマジマジと見ている。ガヤガヤと賑わう方では冒険者ギルドで見たようなガタイの良い人達が食事とお酒を楽しんでいて、その中を少し若い女性がネコのようなしなやかな動きで配膳をしている。



「ほらほら、お客さん、こっちへおいで」



 カウンターで手招きをする女性。顔中で笑うその顔に思わず4人で顔を見合わせた。だけどいつまでもそうしていられず、俺を先頭にカウンターの前に恐る恐る進み出た。



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