エンピア


 バイタオさんは恐れ慄いた表情で机から溢れるほど載せられた肉や素材を見る。



「な、なんですか! この量!」


「森暮らしでしたからね。ここに来るまでに倒した動物や怪物もそれなりに多くて」



 俺の言葉を信じられないとでも言いたげな顔で聞いていたバイタオさんは、その中から肉を一塊持ち上げるとじっくりと鑑定し始めた。緊張しつつその様子を見守っていると、次第にバイタオさんの目が輝いてきた。



「こんなに質の良い素材も肉も見たことがありません!」


「そうですか?」


「はい! 刃物の痕も滑らかですし、こっちの内臓も傷が全くありません。まるで倒すときから解体後のことまで考えながら倒しているようです!」



 戦闘時は生き抜くことが1番大切。だからそこに明確に拘っているというわけでもないけれど、どうせなら高く売りたいという気持ちがなくはない。自分で狩るときは多少意識していた。それに望実が狩るときは一撃必殺で急所を狙うから当然綺麗なご遺体が完成する。


 リオラとサランが狩ったときも、痕が多少荒れてしまうならばそこは売らずに自分たちで使ってしまえば良い。質の良いところだけを売れば信用にもつながっていくはず。冒険者になるならば信用は大切、なはず?



「これは高く買い取れますよ! 少々お待ちください!」



 バイタオさんは目をキラキラと輝かせながら1つ1つ丁寧に鑑定してくれる。何の肉や素材なのかはもちろん、その個体差から生じる質の差や断面の美しさまで調べている。ここまで丁寧な仕事をしてくれるならこれからもバイタオさんのお世話になりたい。



「お金もらったら宿を借りるとして、ご飯はどうする?」



 リオラに声を掛けられてバイタオさんには背を向ける形になった。だけどこれだけ丁寧にやってくれる人なら安心して任せられる。



「望実はどっちが良い? どこかに食べに行くか、俺が作るか」


「折角だし、どこかで食べようよ。リオラとサランもそれで良い?」



 望実が聞くと、リオラとサランも頷いた。サランはご飯と聞いて早々にお腹を鳴らす。それを望実とリオラが笑うと、サランは恥ずかしそうに頭を掻いた。人間の姿に〈隠蔽〉しているとはいえ、中身はサランだ。食費は馬鹿にならないだろう。


 サランの食費を考えると気が遠くなる。これからたくさん稼がなければ、1日の内に破産することも考えられなくはない。



「終わりました!」



 バイタオさんに呼ばれて振り返ると、バイタオさんはこちらに紙を差し出してきた。受け取ると、買い取り品目と金額がメモされていた。



「肉はノーツウサギが6000g、ロフボアが30000g、ヤーチョウが300g、ヨメフクロウが1000g、オトフクロウが1250g、フタクビフクロウが750gです。素材はヨメフクロウの羽が80枚、オトフクロウの羽が100枚、フタクビフクロウの羽が60枚ですね。金額の内訳はこの通りです」



 メモを示される。合計11,085,150エンピア。かなり高額な気がするけれど、この世界の貨幣単位の相場が分からないことには分からない。



「アイテム袋を持っているとはいえ、1度にこんなにたくさん持ち込まれたのは初めてですよ! すぐに換金しますから、少々お待ちください!」



 バイタオさんは嬉々とした表情でそう言うと、部屋をパタパタと出て行った。



『はいはい、お兄さん』


『なんでしょう、お母さん』


『1エンピアは10円だって。つまり、1,073,857エンピアで10,738,570円ってことだね』


「思ったより大金だな」



 持ったことがないような金額に、思わず〈念話〉を忘れて口に出してしまった。



「ですよね。私もこれは、驚きました。ですが、宿代の相場はサンセトラでも1泊1人で1000エンピアです。4人で泊まるなら宿代だけでも1年持ちません。食費も考えたら、半年持たないと思いますよ」



 それだけ持てば十分な気がするけど、とは口に出さないでおく。これだけ売ってこの額ならば、必死になって狩りをしなくても生活は成り立ちそうなものだけど。



「狩りは安定的なものではありません。これから冬が深くなればアブスの動物と怪物はいなくなるので、冒険者の収入は圧倒的に少なくなります。薬草採集もしづらくなるので、その面でも収入が減ります」



 関係性が良くなかったとはいえ、リオラの姉は冒険者だ。いろいろと聞いたことくらいはあるのかもしれない。



「なるほどな。それなら今のうちにある程度稼いでおくか」


「お兄ちゃん、その前に明日の冒険者登録試験を合格しないとだよ」


「そうだった。明日はそれぞれ戦うことになるし、換金が終わったら宿屋で作戦を練ろうか」


「それぞれ……」



 望実とリオラは緊張しながらも頷いた。けれどサランはただただ不安そうに眉を下げた。


 リオラはナイフで戦う術がある。だけど、まだサランには明確な戦闘スタイルがない。さっきの申請書にも格闘家と書いてはいたけれど、それだってフェンリルの姿で戦うときの話だ。これから魔法なしで戦う術を身に着けなければならない。



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2024.01.29最終改稿

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