戦闘訓練
宿の食堂での美味しい夕食を済ませた俺たちは、1度部屋に戻って一休みしてからラムさんに案内されて宿の裏に設置された訓練場にやって来た。宿に泊まっている冒険者なら誰でも使って良いらしい。
「俺たちはまだ冒険者ではないですけど、良いんですか?」
「はい。試験前の冒険者の方も使えますよ」
ラムさんはそう言いながら訓練場の電気を点けた。訓練場は思っていた以上に広い。森と違って動物や怪物相手の戦闘訓練はできないけれど、奇襲を警戒する必要がないから訓練に集中できそうだ。
「この時間は他の利用者の方はいませんから、思う存分使ってください」
ラムさんはそう言い残して訓練場を去って行った。
「それじゃあ、準備運動から始めようか」
四人で軽くストレッチをしながら、俺はトレーニングメニューを考えた。最後に模擬戦のようなことはやってみたいけれど、他は素振りや投げ技の練習が中心になるだろうか。
同好会の練習を思い出して少し楽しくなってきた。桐山や同好会のメンバーたちと素振りや模擬戦に明け暮れた日々が懐かしい。桐山は今頃どうしているだろうか。
「準備運動が終わったら、望実とリオラは普通のナイフ術と投げナイフ術、サランは格闘術な」
「普通のナイフ術ってどうしたら良いんですか?」
「ナイフの数には限りがあるだろ? できるだけ投げずに戦う術を身に着けた方が良い。相手は俺がするから」
「分かりました!」
望実はまだしも、リオラは通常のナイフ術の経験がない。ここから明日までにどれほど伸ばせるかは分からないけれど、他のものを習得させるよりは近道だろう。それに、同じ武器でどれだけ戦うことができるかは少ない荷物での旅には欠かせない要素だ。いつまでも俺が一緒にいられるわけではないからこそ、身に着けてもらいたい技術だ。
「それじゃあ、始めよう」
俺の言葉を合図に、それぞれ散って訓練を始める。サランはサンドバッグのような人形を前にして飛びかかって打撃練習を始めた。サランにも武器の扱いを教えたいところではあるけれど、今はとにかく明日の試験を合格することが先だ。
サランの様子をしばらく見てから望実とリオラに向き直ると、リオラは投げる用に作ったナイフを的に向かって投げていた。些細な時間を練習に当てる熱心さは好感度が高い。そして百発百中で的の中央に当てる技術の高さも流石なものだ。
対して望実は前に渡したナイフで素振りをしている。前にアニメで見た型を模していることがよく分かる。掛け声まで真似していてやっぱり可愛い。
望実とリオラの練習風景を見ながら、夕食の前に作っておいたナイフを6本影から取り出す。投げて良し切って良し、刺して良しなフォルムと手に馴染む形を目指した新型だ。
「2人とも、やろうか」
「はい!」
「はーい」
2本ずつ望実とリオラに渡して、それぞれ1本は腰のナイフホルダーに差しておいてもらう。まずは1本からだ。
「リオラの遠距離の練習はまた今度で、今日は近接戦の訓練からだ。とにかく明日の試験で合格することを考えよう」
「分かりました」
投げナイフでは手数が限られるし、他の武器を考えたいところ。何か良い案を考えないといけないとは思うけれど、さっぱり思いつかない。1週間くらいの間には思いつかないと、リオラが困ってしまうだろう。
「それじゃあ、まずは素振りから始めようか」
とは言っても俺の専門は刀だ。ナイフ使いはあまり得意ではない。それでも事前に母さんから〈共有〉してもらった資料を頭に叩き込んで練習をしておいた。
だけどやっぱり剣術はD級相当、刀術はC級相当なのに対してナイフ術はE級相当で止まった。本当ならもう少し上げたいところだったけれど、なかなか習得が難しい。因みにナイフ術の数値が1番高いのはリオラでD級相当。俺に教える資格があるか怪しいけれど、リオラは投げる以外の動作は苦手らしい。
「リオラ、その向きだと峰打ちだぞ」
「えっと、こっち?」
「振る向きじゃなくてナイフの向きがそもそも逆になってる」
「は、はひっ」
顔を真っ赤にして頑張るリオラに近づいてフォームを直していると、望実の視線が痛い。どうしたのかと思って振り向くと、望実は呆れたようにため息を吐いた。
訓練場の端の座席に立てかけられた母さんもわざわざ〈念話〉でため息の音を飛ばしてくる。一体全体どうしたんだと思うけれど、2人は何も教えてくれない。
「お兄ちゃん、もし明日の試験でお兄ちゃんやサランが遠距離型が有利になるような状況になっちゃったらどうするの?」
明らかに話がすり替えられた。だけど確かにその話も大切だと思い直す。望実は遠距離も近距離もどうにかしようと思えばどうにかできる。弓も剣もナイフも使えるから手数も多い。リオラも近距離のナイフ術に慣れれば投げナイフの技術で乗り切れる。
対してサランは体術だけ。俺だって刀術と剣術の間合いは大して変わらないし、体術も間合いは近い。弓術は練度を上げるにも時間が掛かるし、そこまで色々武器を持ち込むことはできない。
普段は魔法に頼った戦術で遠距離の戦闘をこなしている分、不利に働くのはリオラも同様で、正直仕方のないところではある。だけどここでエグスであることがバレてしまえば冒険者になれないどころの話ではない。聞くところによれば最悪処刑されてしまう。
「跳躍を使って距離を測りながら戦う他ないな。それにサランは俺と違って〈読心〉で相手の手の内が読める。俺よりも器用に戦えるんじゃないか?」
実際にサランはこれまでも相手の動きを読んで次の手を打っていた。スキルの使い方もどんどん上達しているし、1人でもC級の動物や怪物を倒すことはできるだろう。ましてや明日は戦い慣れたノーツウサギとゴブリンの討伐だから心配はないはず。
自分で言いながら、実は俺が1番良くない状況にあることに気が付いてしまった。最悪の事態になったら事前に使えるスキルを検討しておいて、それをフル活用することでどうにか乗り切るしかない、か……
「とにかく。今は訓練に集中しようか」
自分に言い聞かせるように言って、俺たちは素振りを再開した。しばらくはナイフが空を切る音と、サンドバッグが殴られる音だけが訓練場に響いた。
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