試験開始
昨晩の訓練は早めに切り上げて、戦術を練る時間を取ってから早めに就寝した。宿に魔法感知器がないことを良いことに、〈聖属性魔法〉で全員のHPと筋肉の損傷、疲労を回復してから〈無属性魔法〉の〈睡眠導入〉を使って休んだ。
そのおかげなのか、翌朝を全員が快調のまま迎えられた。朝食を食べて、母さんや他の武器の手入れをして。用意しておいた〈闇属性魔法〉を付与したアイテム袋風の袋と〈聖属性魔法〉と付与した万能回復薬を全員に持たせると、カミオさんとラムさんに見送られて宿を出た。
そのまま冒険者ギルドに向かうと、しっぽをくるりと揺らしながらバイタオさんが出迎えてくれた。
「おはようございます!」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「はい! それでは早速こちらへ。登録試験には試験監督が付きますから、試験監督を引き受けてくださった先輩冒険者を紹介しますね」
バイタオさんに連れられて奥の部屋に入ると、まだ誰もいない。
「皆さんこれからいらっしゃいますから、こちらで座って待っていてください」
「分かりました」
どんな人かも分からない先輩を待たせるよりは自分たちが待つ方が良い。部屋を出て行ったバイタオさんを見送って、言われた通りソファに腰かけた。
母さんをキュッと握り締める望実の手を取って握りしめてやっていると、バンッと勢いよくドアが開けられた。立ち上がって迎えると、明らかに上位の冒険者が4人入って来た。強者のオーラが隠しきれていない。
大盾使いと槍使い、斧使い。もう1人の職が分からない。だけど槍使いか。リオラの武器のアイデアが湧いてきた。だけど今から試作を始めるわけにもいかないし。手が動きそうになるのを抑えていると、バイタオさんが部屋に駆け込んできた。
「サクヤさん! 今日は手が空いている冒険者さんが少なくて。それで、なんと! A級冒険者パーティの皆さんが試験官としてついてくださることになりました!」
バイタオさんはしっぽをふりふりと振りながら、満面の笑みを向けてくる。可愛い。可愛いけれど、紹介されたA級冒険者たちはどこか不満げな顔をしている。それはまあ、簡単な仕事だし嫌だろうけど。そこまであからさまに嫌がられるとこちらとしても嫌な気分にはなる。
だけどここで文句を言っても始まらない。
「今日はよろしくお願いします。俺は朔夜です。こっちは望実とリオラ、サランです」
「俺はこのパーティのリーダーをしている大盾使いのドクラだ。こっちは斧使いのマキリとトラッパーのトリクスタ、槍使いのランスだ」
ドクラさんはオールバックで筋肉隆々。右目についた傷跡が堅気の人間ではないことを物語っている。マキリさんは白髪で真っ白な髭を生やして、どこか悪だくみをしているような笑みを浮かべている。
トリクスタさんはフードを被っているから表情が読めないし、他の情報も読み取れない。ランスさんは笑顔が素敵な女性、かな。短髪と双槍を持つ腕のムキムキさで性別が分かりにくい。
「今日は冒険者登録試験を行いますが、薬草採取とノーツウサギ1体、ゴブリン1体の討伐を受験者のサクヤさんたちに1人で行っていただきます。ドクラさんたちは試験監督として同行していただきますが、万が一の事態が起きた場合以外には口出しも手出しもしない契約になっています」
バイタオさんの説明を聞きながら、ドクラさんはジッと俺たちを観察してくる。こちらとしても〈鑑定〉してみたいところではあるけれど、バレたら面倒だから今は止めておく。
「今回はサクヤさんとランスさん、ノゾミさんとドクラさん、リオラさんとマキリさん、サランさんとトリクスタさんで行動を共にしていただきます。採取していただく薬草はヒール草です。比較的入手しやすいですが、十分気を付けてくださいね」
ヒール草はこれまで採取したことがない。バイタオさんが用意してくれた説明書を見ると、ニラによく似た植物の絵が描かれていた。開花時期は3月から4月。今の時期は花を見て探すことは難しそうだ。
「制限時間はありませんが、夜になると動物たちが活発になりますから気を付けてください」
そう言うバイタオさんに見送られて冒険者ギルドを出る。街の外に出たところでそれぞれ別行動をすることになった。ここでも主導するのは俺たち。ドクラさんたちは黙って近くにいるだけだ。
「〈探知〉」
俺が小声で発動させた〈無属性魔法〉の〈探知〉で街から半径5km程度の場所を探る。ノーツウサギは単体で至るところにいるけれど、ゴブリンは街の北に群れがいる。東にも小規模な群れがいて、西には単体でポツポツ移動している程度のようだ。
薬草の探知はできないけれど、説明書を見る限り森の中なら多少陽当りが良い位置を見つければ生えているはずだから採取は難しくない。討伐の方をメインに考えた方が良さそうだ。
「望実とリオラは西、サランは東かな。ゴブリンの小規模な群れがいるけど、エンカウントしてしまってもサランなら大丈夫だろう」
「うん! 頑張るね!」
サランはしっぽをブンブンと振ってやる気満々だ。
「お兄ちゃんはどっちに行くの?」
「俺は北だな」
大規模な群れがいることは伝えないでおこうと思ったけれど、望実は1番危険地帯であることを察したらしい。眉を顰めて俺を見上げた。
だけど全員が散らばらなければいけないこの状況で、他の誰かに明らかに危険な場所に行かせることはしたくない。特に望実にはなるべく安全なところにいて欲しい。近くにいられなくても、望実のことは守りたい。
『母さん、望実を頼む』
『任せておいて。念のためドクラのことも警戒しておくから』
『助かる』
上位の冒険者と言えど、初めて会ってまだろくに話していない相手を信用するのは怖い。警戒しておいて損はないだろう。
「それじゃあみんな、気を付けて」
「うん!」
「頑張ります!」
「お兄ちゃんも気を付けてね」
「ああ。ありがとう」
望実の頭を撫でさせてもらって、俺も元気充電完了。それぞれ試験官が後ろをついて来るのを気にしながら、ファストの森に足を踏み入れた。
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