冒険者登録試験
望実たちと分かれてランスさんと共に森を歩く。街から北に進んだ方向にいるのはゴブリンの大群だけではない。この方角には比較的強い動物や怪物が多い。エグスの木がない分、アブスの生き物が多いことも特徴だ。
その影響で人の出入りも少ないのか、街に着くまでに歩いていた場所と比べて道が荒れている。俺とランスさんは軽々と歩けているけれど、誰でも難なく歩ける道ではない。
「ランスさん。申し訳ないのですが、この先でゴブリンの大群に出会うかもしれません」
「え?」
俺が念のため警告しておこうと思って言うと、ランスさんは驚いた拍子に木の根に足を引っかけた。慌てて手を出して支えると、ランスさんは俺の手を支えにしながらも素早く体勢を整えた。流石A級冒険者の身のこなしだ。
「失礼した。あの、サクヤさん」
「サクヤで良いですよ。俺の方が後輩ですし」
ランスさんは目を丸くしたけれど、フッと表情を緩めて頷いた。
「分かった。ではサクヤ。その大群にエンカしたらどうするつもりだ?」
「全滅を目指します」
「それは、僕にも手伝えということかな?」
ランスさんの目が挑戦的にキラリと光る。だけど俺は鼻からそんな気はさらさらない。普通に首を横に振ると、ランスさんは眉を顰めた。
「ゴブリンの大群の討伐は単独では難しい。ましてやサクヤは今日登録試験を受けるんだぞ? ギルドに居場所の報告をして、上位の冒険者で討伐隊を編成して討伐に向かうのが定石だ」
「ですが、60体くらいまでなら余裕で倒せますよ?」
ランスさんは眉を顰めるどころか俺を睨みつけてきた。明らかな嫌悪感。この世界に来てから1番キツイ視線を浴びたと思うと楽しくなってくる。
「ゴブリン60体か。それはA級の実力がある者だけが言って良いことだ。まったく、ウルフ族の癖に珍しく謙虚だと思ったら、そうでもなかったな。ただの自信過剰な若造か」
俺はできないことは言わない主義なんだけど。そんなことは初対面の相手に分かってもらえるとは思っていないから、特に何も言わずに先に進む。
「おい、無視をするな。自分を過信して死んでいった奴は僕の同期にもたくさんいた。それだけ過信とは恐ろしいものなんだぞ」
そんなことは知っている。俺だって過信をするなら事前準備もスキルの検討もしない。事前にやるべきことを全てやって、自分の力量を正確に把握しているから言っている。もちろん今回は無属性魔法1つとスキルだけで乗り切れると確信している。
魔法が使えるならもっとやれる。だけどそういうわけにもいかないことは分かっている。だったら世界を恨むなんて時間の無駄なことはしない。望実を守るために俺は生きなければいけないから。生き残れる最善策をいくつも考えて実行するだけ。
「エンカしたら迷わず離脱しろ。試験に受かることより生きて帰ることを優先しろ」
「すみません。足元にヒール草があるので止まってください」
「は?」
ランスさんが低い声を出しながらも止まってくれたから、その足元からヒール草を採取した。母さんがいないから不安はあったけれど、特徴を把握できていればどうにかなるらしい。それならこれからは知識もどんどん身に着けて行こう。
「確かに、ヒール草だな……」
ランスさんは俺が採取したものを見て呟くと、グッと唇を噛んだ。どれだけ舐められているのかと思ってしまうけれど、A級冒険者として経験を積んできた人からすれば俺なんてひよっこにしか見えないだろう。
「俺は試験に受かることを目指していますが、何があっても必ず生きて帰りますよ」
「ほう?」
また歩き始めてすぐ、俺が言うとランスさんは言葉の真偽を図っているかのような返事をくれた。
「俺は妹を守ると心に決めています。死んだらそれができなくなりますからね」
ランスさんからの返事はない。振り返って表情を窺おうかとも思ったけれど、その瞬間に右斜め前の茂みが揺れた。
反射的に刀の柄に手をかけると、茂みからノーツウサギが1匹飛び出してきた。こちらに向かって突っ込んで来たノーツウサギが間合いに入ってくる。
後ろで槍を構えたのか空を切る音が聞こえたけれど、それは無視して抜刀した。
刀が正確にノーツウサギの首を一刀両断して、頭がコロッと転がる。
「……お見事」
「ありがとうございます」
ランスさんに振り向くことなくその場で内臓を出して血抜きをして。前に作ったズボンのポケットを利用したものではなく、新しく作ったアイテム袋に収納した。冷凍保存したいところだけど、ランスさんの目の前で魔法を使うことは憚られる。
みんなにも素材をゲットしたらそのままアイテム袋に収納するように伝えたし、試験を受けながら素材をゲットできると考えればなかなか良い機会だ。
「アイテム袋まで持っているのか」
「亡き父の遺品ですよ」
それ以上は語ることもない。俺は先を急いで誤魔化した。ランスさんも俺が話す気がないと察したのかそれ以上は聞いてこなかった。
何はともあれこれで試験の3分の1はクリアした。あとはこっちにあった唯一のゴブリンの反応、大群の元へ向かうだけだ。
「少し歩きます」
「ああ」
緊張した面持ちで頷いたランスさんは双槍を握り直した。ランスさんに戦ってもらう気はさらさらないけれど、自衛すらするつもりがないわけではないのは流石A級冒険者と言ったところか。
しばらく坂を上るように森を歩く。そしてその先に1つの洞窟を見つけた。そこから1体のゴブリンがチラリと顔を覗かせて周囲を警戒しているのが見えた。
「行きます」
「待て。やっぱりここは引いた方が……」
「でしたら、俺は行きますからランスさんはここで待っていてください」
俺はランスさんをその場に残して堂々と洞窟に近づいた。
スキルと称して使う〈無属性魔法〉は決めてある。洞窟に近づく俺に気が付いたゴブリンたちがわらわらと洞窟から出て来る。
俺はゴブリンたちに向かって手を翳した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます