初めての依頼
ドクラさんたちを家に送って、自分たちは宿で眠った。そして翌日、宿の食事を楽しんでから冒険者としての初仕事に意気込んで冒険者ギルドに足を踏み入れると、何やら大勢の人が集まっていた。誰もかれも険しい顔をしていて、ただ事ではないことだけは分かる。
「どうしたんだろう?」
「さあ? とりあえずこっちにおいで」
人混みに潰されてしまわないように望実を抱き寄せながら歩いて依頼が張り出された掲示板の方に行こうとすると、ポンッと肩を叩かれた。
「よっ、サクヤ!」
「ドクラさん。おはようございます」
振り返ると、ドクラさんたちが立っていた。二日酔いになっている様子はなくて安心した。
「突然で悪いんだが、この依頼を一緒に受けてくれねぇか?」
ドクラさんはそう言うと、俺に1枚の依頼書を差し出した。4人でその紙を覗き込むと、昨日俺が行った洞窟のゴブリン討伐の依頼だった。参加可能冒険者ランクはD級から。俺たちには参加権がない依頼だ。
「あの、有難い話ですけど、俺たちはまだランクが足りないので参加できませんよ」
ドクラさんは俺の言葉を待っていたかのように鼻息で吹き飛ばすと、ニヤッと笑って肩を組んできた。俺と反対側で捕まったサランは驚きすぎて耳もしっぽもピンッと立っている。
「その点は大丈夫だ。さっきギルマスに直談判してきたからな。俺が腕を認めているからってさ。そしたらギルマスもサクヤたちなら全員ステータス平均はD級超えてるから参加しても大丈夫だろうし、特にサクヤは昨日の功績があるからな。敵を眠らせるスキルにも期待しているってさ」
「それって拒否権がないやつじゃないですか?」
「おう。ねぇな!」
全く悪びれる様子もなくニカッと笑うドクラさんにため息が零れた。けれど内心ではこれは良い機会だと思った。ステータスを上げて素材も得られる絶好の機会だ。
それにあそこなら周りにバレない程度には魔法も使える。万が一の事態になったときにリオラとサランが自分の身を守る術があるなら安心だ。望実のことはもちろん俺が守る。
とはいえ、ギルマスさんとやらのことが引っかかる。ステータス測定をしたときに俺はスキルに〈睡眠導入〉を入れておかなかった。今の話だとギルマスさんはステータスを把握しているようだったし、少し不味いかもしれない。
「あともう何人か集めたら出発するらしいからな。準備しておけ」
「分かりました」
俺は望実たちをギルドの端、人が少ない方に誘導して一息ついた。準備をするにしてもここでは魔力が感知されて警報が鳴ってしまう。俺は昨日の夜のうちに作っておいた万能回復薬、15本全てをアイテム袋から取り出して3人に均等に配分した。
「お兄ちゃんの分は?」
「俺のは袋に入れてあるよ。わざわざ出す必要もないだろ?」
訝しげな顔をする望実には笑って誤魔化しておく。3人とも優しい子たちだ。きっと目の前で死にかけている人がいたら回復薬を分けてしまうだろう。もしもそれで3人が危険な状態のときに回復薬が足りなくなったら? そう考えると回復薬は3人に1本でも多く持たせておきたい。
俺は最悪こっそり〈聖属性魔法〉を使って治してしまえば良いし、即席で回復薬を作ることもできる。俺は俺の手が届かないところで3人が傷つくことの方が耐えられない。
「今回の依頼では、武器はそれぞれ得意なものを使おう。望実は弓と剣、リオラはナイフ、サランは体術だな。リオラには、昨日作った分のナイフも渡しておく」
「ありがとうございます」
「このナイフは影に触れるとアイテム袋に戻るようになっているから、アイテム袋を戦闘時に手を入れやすいところに持っておくんだぞ?」
「そ、そんなことができるんですか?」
「ま、俺に掛かればそれくらい余裕だな」
リオラは俺をキラキラした目で見上げてくる。恥ずかしさと嬉しさが込み上げてくるけれど、このナイフにはただ〈闇属性魔法〉を付与しただけだ。
「今渡したのは影に触れただけでアイテム袋に戻ってしまうから、洞窟の中では昨日渡した柄に赤いラインが入っている方を使った方が良いかもな」
「分かりました」
万能ではないのがこの魔法付与武器の難点だ。魔法発動のタイミングを選べないから、いらないときにも魔法が発動してしまう。
例えるなら授業中に先生の声に反応して電源を切っていなかったスマホの音声認識機能が反応して、でかい声で話し始めるみたいな。あれめっちゃ恥ずかしいし、先生によってはスマホ没収されるから重大な悩みなんだよな。
「サランにはこれを渡しておく」
俺はサランの手のサイズに合わせたメリケンサックと、靴に嵌められるスパイクを渡した。
「試作品だしサランはこれを使った戦闘訓練はしていないからな。使いにくいと思ったらその場に放棄してもらって構わない」
「ありがとう!」
メリケンサックとスパイクには、それぞれサランが殴ったり蹴ったりするときに1番相手に当たる部分に棘を仕込んである。収納可能な仕組みにするために改良中で、今はいつでもどこでもトゲトゲしているから、思いも寄らないところに刺さないように注意が必要だ。
まだまだ完璧な品ではないというのに、サランは嬉しそうにしっぽをブンブンと振ってくれる。試し打ちを兼ねてシャドーボクシングのような動きまでして、使う気満々でいてくれることが嬉しい。
「望実にはこれだな」
望実に渡すのは鍛え直した剣。昨日までに刃こぼれしていたから、研ぎ直しておいたものだ。これまでより硬くなるように改良して、同時に中に薄く空間を作っておいた。もしも剣が破壊されても、そこからムノヴェリの汁が吹き出す仕組みだ。
相手が麻痺している間に望実が逃げられるように。もちろん望実がムノヴェリを飲んでしまっても大丈夫なように、〈聖属性魔法〉に俺の遺伝子を記憶させた。俺とリオラに反応して毒素を無効化する優れた魔法だ。
イメージしたままに魔法を操れるというのはこういうときに便利だと思う。これを応用して他にも何かできないかと今は模索中だ。
「ありがと! なんか強くなってる気がする!」
「おう。また今日の依頼が終わったら研いでやるからな」
「ありがとう」
俺の刀もしっかり研いであるし、念のためナイフや剣、失敗作のメリケンサックもアイテム袋に入れてある。準備は万端とは言えずとも、生きて帰る用意はできた。
「それじゃあ、生きて帰ることを目標に頑張ろうな」
「うん!」
「はい!」
「ボクも頑張る!」
3人の元気な返事にホッとした瞬間、ギルドの窓が1枚バンッと強引に開けられた。そして見覚えのある真っ赤な鳥が勢いよくギルド内に飛び込んできた。
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