紅の伝言
「な、なんだ?」
「怪物の襲撃か?」
冒険者たちが次々に武器を構える。誰かがいきなりキリキリと弓を引く音が聞こえて、俺は舌打ちをした。
「アルハさん! こっちです!」
俺の声に反応したレッドハルピュイアのアルハはすぐに俺の方に向かって突っ込むように飛んできた。冒険者たちの警戒は途切れない。怪物がギルド内に入るなんて、滅多なことがなければあり得ないだろう。
けれどアルハは俺の協力者だ。もしも攻撃を仕掛けようと言うのであれば俺が放ってはおかない。
アルハは俺が差し出した腕に緩やかに止まると凛とした姿勢で、翼で口元を覆った。周りの冒険者たちからは戸惑いや懐疑の声が聞えるけれど、アルハがここに来たということは約束を果たしに来てくれたはず。そっちを優先しないわけにはいかない。
「サクヤさん。全く。突然この私に武器を向けるなど、ここには無粋なものしかいませんの?」
アルハは不機嫌に、軽蔑した目でなおも武器を構え続ける冒険者を見据えた。俺はアルハの目がこれ以上向こうに向かないように、そしてアルハに危害が加えられないように、冒険者たちに背を向けた。
「申し訳ありません。みな、見慣れぬ美しい方に驚いたのでしょう」
「まあ、お上手ですこと」
アルハは満足げに頷くとバサッと羽を広げた。その羽の燃えるような赤い美しさに関しては俺も惚れ惚れしてしまう。
「それで、何があったのですか?」
「あら? ああ、そうでしたわね。有事ですからここまで来て差し上げたのでした」
アルハがスンと澄ました顔でそう言った時、背後から迫って来ていた気配が俺の肩を叩いた。
「サクヤ、それって、レッドハルピュイアだよな?」
ドクラさんは訝しむような顔でアルハを覗き込んだ。アルハはそれに気を悪くしたのか、フイッとそっぽを向いてしまった。
「ドクラさん、彼女はレッドハルピュイアのアルハさんです。とても高貴な方ですから、失礼には注意してください。アルハさん、こちらは俺の先輩のドクラさんです」
「サクヤさんのお知り合いですか。全く、そうでなければ私の下僕としてしまうところですが。見逃して差し上げましょう」
「感謝します」
アルハがドクラさんに危害を加えないところを見たからか、他の冒険者たちは構えていた武器を下ろしてくれた。俺はようやく肩の力が抜けた。
「それで、何があったのですか?」
「ええ、ゴブリンの群れがこの村に近づいていますわ。あと1時間もしないうちに村に到着するでしょうね」
「ゴブリンが村に!?」
アルハの言葉に驚いたらしいドクラさんの大声がギルド中に響いた。チラチラとこちらを窺っていた冒険者たちの視線が鋭くなった。
「何体ぐらいか分かりますか?」
「そうね、大体300体ってところかしら」
アルハからの情報に、ドクラさんは今度は言葉を失ってしまったらしい。目を見開いたまま固まってしまった。
無理もない。昨日母さんに調べてもらったら、この世界ではゴブリン60体の討伐はA級冒険者向けの依頼になっている。それも4人以上のパーティを推奨している。
そもそもD級冒険者以上向けの依頼はパーティ推奨のものが多いらしいから、ソロで戦う訓練をしている人も少ない。人の数が揃っていれば凌げるような単純な話ではないらしい。
「ギルマスのところに行って指示を仰いでくる」
ドクラさんはそう言うとトリクスタさんを連れてギルドマスター室へと消えて行った。
「サクヤさん、ゴブリンの群れには時々変なのも混じっていましたわ。あれが何かは分かりませんが、サクヤさんに伝えるべきだと思いましたので」
アルハはドクラさんがいなくなったことを見計らったかのように俺に耳打ちしてきた。変なの、ということはきっとまた皇帝の創造物だろうな。
「ありがとうございます。あとは俺が対処しますから、アルハさんは……」
「何を言っていますの? 私も戦いますわ」
念のため宿の俺の部屋にいてもらおうと思ったのだが、アルハは俺の言葉を遮って胸を張った。
「私はまだまだ弱いですけど、役に立つと思いますわよ?」
アルハの言葉に、確かにと思う。アルハはレッドハルピュイアにしてはレベルもステータスも低い。それでも〈魅了〉のスキルを借りることができれば〈睡眠導入〉と合わせて足止めには効果的だろう。
「分かりました。ですが、俺の傍から離れないでくださいね」
「もちろんですわ。サクヤさんに私の警護をさせてあげますわ」
相変わらず上から目線。だけどアルハの目が不安に揺れていることが分かって、俺はつい笑みが零れた。
「仰せのままに」
俺の返答に満足したらしいアルハは俺の腕から肩に止まり木を移動した。燃えるような真っ赤な羽は耳に触れるとふわふわしていて柔らかい。
アルハの羽毛を堪能しつつ望実たちやランスさん、マキリさんにもアルハを紹介していると、ゴーンッと地響きも付随した爆発音と共にギルドマスター室のドアが粉々に吹き飛んだ。
襲撃かと身構えると、俺の肩にランスさんの手が置かれた。
「大丈夫だ。あれはいつものことだから」
「全く、毎回ドアを破壊して出てくるくらいならドアを付け替えるのを止めれば良いと思うんじゃがな」
ランスさんとマキリさんが呆れた視線を向けた先、ドアが破壊されたせいで舞い上がった土埃の向こうに大男がヌッと現れた。その後ろではドクラさんとトリクスタさんがゲホゲホと咳込んでいる。可哀想に。
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