出撃


 大男がズカズカとカウンターの前に立つと、冒険者たちに緊張感が走った。


 ただならぬ雰囲気。俺はランスさんの肩を叩いた。



「あの、あの方は?」


「マリアーナ支部のギルドマスターのスイレイさんだ。元S級冒険者で、名前の綺麗さに反して格闘家スタイルを得意とする冒険者なんだ。突破のスイレイの異名で有名だな」



 突破。確かにドアを開けずに突破して現れた。この間何かの時に称号が神によって人々に与えられるものであると母さんに聞いたけれど、それは間違いではないようだ。



「冒険者諸君! 緊急事態により、ギルドからの直接依頼を全冒険者に向けて発布する。詳細について説明する故、集合してくれ!」



 ギルドの建物中に響き渡るどころか、建物全体が震えるような大声。その声に反応して、施設内だけでなく近くにいたであろう冒険者たちも続々と集まって来た。俺たちもランスさんとマキリさんとともにギルマスさんの前に向かった。



「今朝方発布したゴブリンの群れの討伐依頼だが、事態が深刻に発展したとの情報が入った。ゴブリンの群れが1時間もしないうちにこの街に襲撃してくる。その数は300体を超える」



 ふとギルマスさんの隣に立つドクラさんが何故かニヤニヤと笑いながら俺の方を見ていることに気が付いた。なんだか嫌な予感がして、そっと視線を逸らした。



「街の一般市民がゴブリンから逃げながら街を出ることは不可能だ。しかし対抗策はある。ゴブリンは海を渡れない。ギルドとしては諸君に街の人々を海上に避難させる手伝いと、海で動物や怪物に襲われたときの警護を依頼する」



 冒険者たちはギルマスさんの言葉に静かに頷く。だけど人々の命が守られても、街はゴブリンたちに破壊される。それに海に避難するだけではゴブリンに奪われた土地を奪い返す算段が立てづらい。



「そしてA級冒険者マキリくん、ドクラくん、トリクスタくん、ランスくん、そしてドクラくんの推薦により、E級冒険者サクヤくん、F級冒険者ノゾミくん、リオラくん、サランくんの4名、合わせて8名にはゴブリン討伐を依頼する」



 ギルマスさんの指示に冒険者たちが一斉に俺たちの方を向いた。懐疑、嫌悪、好奇、嘲笑。気持ち悪いくらい多くの感情が渦巻く。全く、よくもやってくれた。


 ドクラさんを軽く睨んだけれど、飄々とした顔で受け流されてしまった。



「サクヤくん、ノゾミくん、リオラくん、サランくん。頼めるか?」


「ふぅ、承知しました」



 強い眼力で睨まれてしまえば頷く以外の選択肢は存在しない。小さく息を吐いて気合いを入れた。



「よし。では住民の避難を行う者たちは移動を」


「待ってくれ!」



 ギルマスさんの言葉を遮るように声を上げたのは、昨日のC級短気弱気強面あんまんマッチョ男、アンマーチだったか。あの男だった。



「どうして昨日登録したばかりの新人がゴブリン討伐を任されて、俺たちは避難誘導なんだ! せめてB級冒険者が行くべきだろう!」



 アンマーチの言葉に、他の冒険者たちもうんうんと控えめに頷く。同調したいけれどギルマスさんは怖いと思っていることが顔に出ている。逆にギルマスさんに怯まないだけアンマーチは凄いと思う。



「アンマーチくん。俺は全冒険者の正確なステータスや戦闘スタイルを把握している。ドクラくんたちの進言もあったとはいえ、ステータスや戦闘スタイルを重視して今回はサクヤくんたちに任せるのが最適だと判断したまでだ。緊急事態にプライドなんてちんけなものは捨てろ」



 ギルマスさんの言葉に、アンマーチは舌打ちをしてギルドを出ていこうとする。



「アンマーチ。森に近い家の住民から避難させる。お前の家族を最優先しろ」



 ギルマスさんの言葉に、アンマーチは小さく頷いてギルドを飛び出していった。その後ろを子分3人が追いかけていくと、その後に続くようにぞろぞろと冒険者たちが任務に向かっていった。


 そしてギルドには俺たち4人とアルハ、ドクラさんたちのパーティ4人、ギルマスさんとバイタオさんが残った。



「アルハくん、と言ったか? 此度の協力に深く感謝する」


「べつに、私はサクヤさんとの約束を果たしただけですわ」


「そうか。アルハくん、ゴブリンの分布について聞きたいのだが、良いだろうか?」


「ええ。ゴブリンは西から東まで方々から向かって来ているわ。北の洞窟からが1番多いけれど、西と東も小さな群れがいて、そっちには大きな個体もいたわね」


「全方角から、だと? それは不自然だな」



 アルハの言うことから推測すれば、ゴブリンによる本物のスタンピードは北だけなのだろう。ギルマスさんが言う通り、群れの存在が確認されていなかった方角からもスタンピードが発生するとは考えにくい。


 西と東は皇帝の創造物、昨日の巨大なゴブリンもどきが出没すると考えるのが妥当だ。昨日の様子だと、ゴブリンもどきの身体に傷を入れることはアブスには難しい。俺の刀も魔法と組み合わせなければ通用しなかった。


 ゴブリンの大群だけでも厄介なのに、あんな奴らまで大量に現れたら。そう考えると俺が全てに対応することは不可能だ。それはドクラさんたちも同じことだろう。



「大群がいる北にドクラくんとサクヤくんに向かってもらおうか」


「この人数であれば門の周辺で全員で迎え撃つ方が良いのではありませんか?」


「ほう。それは何故かね?」


「昨日の巨大ゴブリンと同様のものが現れる可能性もあります。少数による迎撃であれば、力の分散は危険です」


「ふむ」



 ギルマスさんはジッと床を見つめて考え始めた。けれどすぐに顔を上げると、1つ頷いた。



「分かった。8人で正門の警護を頼む。バイタオくんは私と港の整理を頼む」


「分かりました」


「みな、生きて戻るんだぞ」



 ギルマスさんはそう言い残して、バイタオさんと共にギルドを出て行った。



「オレたちも行くか」



 ドクラさんを筆頭に俺たちもギルドを後にする。



『みんな。今回は緊急事態だ。魔法の使用も選択肢に入れておいてくれ』



 俺が〈念話〉で望実と母さん、リオラ、サランに話しかけると、全員黙ってうなずいてくれた。みんな緊張した顔をしているけれど、迷いはない。



『私も戦うからね』


『ありがとう。望実を頼む』


『任せなさい』



 母さんもやる気満々だ。俺たちはまだ弱い。それでも守りたい。仲間を、そしてこの数日の間に出会って優しさに触れた街の人たちを。



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