冒険者の一員
さて、どうしたものか。〈鑑定〉するまでもなく俺より弱そうな連中だけど、油断はいけない。どう切り抜けるか、と考えていると、後ろから肩をガシッと掴まれてグッと体重がかけられた。
ランスさんは俺の肩に手を置いて絡んできた連中をジッと見つめる。絡んできた連中がビクリと肩を跳ねさせる。これは、もしかしなくても任せて良いのではないだろうか。俺と違ってランスさんには地位がある。
「……ッヒック」
正直めちゃくちゃ頼りない。
なんて思ったのがいけなかったのか、ランスさんは俺に体重を預けたまま寝こけてしまった。嘘だろ。
「ちょ、ランスさん?」
「んー……」
あどけない寝顔は格好良いというより可愛らしい。けれど寝るならせめてマキリさんのように椅子で寝て欲しい。内心ため息を吐きながらランスさんを抱きかかえて、さっきまで座っていた椅子にもたれさせる。
「おい、無視してんなよ兄ちゃん」
「今そういう状況じゃありませんでしたよね?」
痛くはないけれどガシッと肩を掴まれて、ついでに詰め寄られたものだからついイラっとしてしまった。不味かったかも、と思ったころには強面マッチョ男のこめかみに青筋が立っていた。短気なことで。
「お前、たかがE級のくせに俺たちに盾突く気か?」
短気強面マッチョ男が片眉を持ち上げていかにも小物感のあるセリフを聞かせてくれた。相手を見下して明らかに小馬鹿にしたような目つき。どこかで見覚えがあるような気がする。
盾突くは異形で盾を突くが正しい形だぞ。テストで盾突くって書いたら減点してやる。
そう言って意地悪く笑っていた高校の国語教師安藤万作、通称あんまんの顔が瞼の裏に浮かぶ。なるほど、あんまんの笑い方にそっくりだったのか。結局テストに盾を突くなんて出てこなかったんだよな。
「〈鑑定〉」
ため息に紛れて〈鑑定〉してみると、なんてことはない。短気強面あんまんマッチョ男はC級冒険者だけど、他の子分3人はD級冒険者。冒険者ランクだけ見れば俺より高いっちゃ高いけれど、威張れるかと言われれば威張れないレベルだ。
俺たちがA級冒険者と一緒にいることを分かっていながら喧嘩を売って来る時点で小物感が強いやつらだ。それにステータス平均は冒険者レベルと同等とは言いつつも最低限引っかかっているくらいなもの。弱い奴ほどよく吠えるとはこういうことか。
「おい、ため息吐いたか?」
「そうでしたか?」
とりあえずとぼけてみると、C級短気強面あんまんマッチョ男のこめかみの青筋が濃くなった。
「お前、兄貴を怒らせたらどうなるか分かってんのか?」
「お前なんかひとひねりなんだぞ!」
「そうだそうだ!」
リーゼント子分とアフロ子分、パイナップル子分が口々に煽ってくる。口上すら小物感に溢れていて、逆に見ていて惚れ惚れとしてしまう。
「兄ちゃん、ちょっと面貸せや」
「ひゃーっ! 兄貴こぇぇ!」
「兄貴! やっちゃってください!」
「そうだそうだ!」
リーゼントのおかげで全く怖くないし、アフロが思うほど簡単にやられる気もない。パイナップルにいたってはそれしかしゃべれないのかな。
C級短気強面あんまんマッチョ男に肩を組まれそうになる。外に出てひと暴れするよりはここで丁重にお断りを入れた方が良いかな。こんなやつのせいで俺までペナルティを受けるなんてことにはなりたくない。
「ごめんなさい」
勢いよくお辞儀をしてC級短気強面あんまんマッチョ男の腕を躱す。C級短気強面あんまんマッチョ男がバランスを崩したところで身体を起こす。すると何ということでしょう。俺の頭がちょうどC級短気強面あんまんマッチョ男の鳩尾に当たったではありませんか。
これは計算外だったけれど、C級短気強面あんまんマッチョ男は苦しそうに呻いて膝から崩れ落ちた。
「兄貴!」
「お前、よくもこんなことを!」
「そ、そうだそうだ!」
リーゼントがC級短気強面あんまんマッチョ男に駆け寄ると、アフロがキッと俺を睨みつける。パイナップルは情けなく震えながら定型台詞を話す。もはやこれ以外話されたらテンション下がるかもな。
「お前……」
リーゼントとアフロに支えられて、パイナップルが周りをちょろちょろと動く中、C級短気強面あんまんマッチョ男がゆっくり立ち上がった。その目には憎悪が浮かんでいる。想定外だったとはいえやりすぎたかな。
最悪全員〈睡眠導入〉で眠らせてしまえば良いか。なんて思っていると、後ろで人が動いた。
「おい、お前ら。誰の連れに手ぇ出してんだよ」
ドスの効いた声。だけど顔の横に酒臭い息がかかって気分は良くない。
「ふっ、不屈のドクラ……」
C級短気強面あんまんマッチョ男の顔が面白いくらいに図形化した。目は丸、口は三角、顔は四角……なのは元々だったか。絵が下手な俺でも今のC級短気強面あんまんマッチョ男の似顔絵は描ける気がする。
「お、俺たちはただ、手合わせに誘っていただけで……な?」
急に弱気になったC級短気弱気強面あんまんマッチョ男はギギギッと錆び付いた機械のような動きで張り付けた笑顔を受かべると俺に同意を求めてくる。俺がそれを肯定も否定もする前に、ドクラさんが豪快に笑いだした。うん、酒臭い。
「それが本当かどうかは知らねぇけどさ。やめとけよ? アンマーチが、っつうより、俺でも勝てるか怪しいからな」
「ドクラさんでも、ですか?」
「ああ。こいつの強さは数値には現れない。底知れねぇ強さがあると、ヒック……俺は思うぜ」
どうにも締まらないところが玉に瑕だけど、ドクラさんの言葉にC級短気弱気強面あんまんマッチョ男ことアンマーチの腰が物腰的にも物理的にも低くなった。地位があることの必要性を感じる。俺も早く賢者にならないと、満足に望実や仲間を守れない。
「す、すみませんっした」
「兄貴ッ!」
「何も頭まで下げなくても……」」
「そうだそうだ……」
アンマーチが頭を下げると、リーゼントは酷く慌てて泣きそうな顔でアンマーチに顔を上げさせた。アフロもわなわなと震えながら悔しそうに唇を噛んでいて、パイナップルに関してもはや執念だ。
「良いんだ、お前たち。行くぞ。ドクラさん、失礼します」
アンマーチは子分たちを引き連れてすごすごと去って行った。こんなにあっさり引いてくれて有難いけれど、これから絡まれることがないかと心配にもなる。望実たちと常に一緒にいられるわけでもないし、何か策を講じなくては。
「ドクラさん、ありがとうございました」
「ん? 良いってことよ。サクヤたちはもう冒険者の一員だ。冒険者同士で協力できなけりゃ有事のときに街を守れねぇからな」
ドクラさんは俺の肩をポンポンと叩くとまた席についてお酒を煽り始めた。
冒険者の一員として認められたことに思いのほか温かい気持ちになったことに驚く。俺も何かあったときにはドクラさんたちに協力しよう。
今はまず、この酔っ払いたちを家に帰さないと。
寝ているマキリさん、ランスさんとこちらもいつの間にか寝ていたトリクスタさん、そして眠たそうな顔をしているドクラさんを見てつい苦笑いしてしまった。
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