帰還
1m近い石斧。だけど意外と軽々持ち上げられる。きっと地球にいたときには無理だっただろう重さだ。
石斧を担ぎ上げてゴブリンもどきの頭の近くに立つと、目がギョロリと動いた。そして目が合ったまま、口がギギッと動く。
「ギャ、ギャ、ギ……」
意味のないただの音。悲しく慈悲を願う音に聞こえなくもないけれど、この音には何の意味もない。
「ごめんな」
石斧を勢いよく振り下ろして、ゴブリンもどきの頭を叩き潰す。機械がクラッシュする嫌な音と共に基盤がショートして、そのまま爆ぜた。
燃える基盤を見下ろす。こちらはもう調べられない。完全に機能停止した胴体の方を見ると、あちらも燃えていた首から延焼して身体全体が炎上している。時々爆発音も聞こえるし、近づかない方が良いだろう。
「サクヤ、終わった、のか?」
ランスさんに問いかけられて頷くと、ランスさんは双槍を地面に突き刺してそれにしがみつくように地面に座り込んだ。ホッと息を吐きながら、ランスさんは息を切らしている。相当必死にゴブリンもどきの攻撃を避けていたらしい。
「魔石があったということは、新種のエグスの生物だろうか」
「いや、生物ではないと思いますよ。あれは……」
「あれは?」
説明しようとして、言葉に詰まった。どう言えば信じてもらえるか分からない。それにエンペルスの手の機械が襲ってきたなんて言って、信じてもらえたとしても戦争にでもなったらどうする。
戦時下になれば望実を守ることは難しい。俺はまだまだ弱い。魔王だとは言っても、ステータスはまだC級程度。S+になるには長い道のりだろう。
「分かりません。ただ、生物ではないはずです。魔石も魔液も使われていましたけど、頭には全く別のものが使われているのが見えました。あれが身体を動かしていたのではないかと思います。それに身体中にひものようなものがありました。エグスだと断定してしまうのは危険です」
今の俺にはこれが精いっぱいだ。誰も争わない世界になるように、情報を操作すること。それしかできない。
「とにかく、この1件はギルドに報告しなければならない。試験の合否も聞かなければならないし、1度街へ戻ろう」
「分かりました」
これ以上ここにいてもできることはない。先を歩くランスさんの後ろ姿をチラッと確認して、影にゴブリンもどきを収納した。影の中なら火は消えるはず。
それにゴブリンもどきの魔石に反応しなかったからもしやと思っていたけれど、やっぱり魔法を使っても警報音は聞こえない。それなら人目を忍んで使えば問題ない。街に行くまでも魔法を使っても警報音は鳴らなかったし、街の外なら大丈夫なのだろうか。
「サクヤ?」
「すみません、今行きます」
ゴブリンもどきの残骸がなくなっていることに気が付かれる前にここを離れなくては。俺は急いでランスさんが入って行った山道に向かった。
街に向かって歩いていると、不意にランスさんが足を止めた。俺も立ち止まると、ランスさんは振り返って勢いよく頭を下げた。
「え、っちょ、どうしたんですか?」
「すまなかった」
突然のことに状況が飲み込めずにいると、ランスさんはおずおずと頭を上げた。
「新人だからと油断して、サクヤの力量を正しく測ることができていなかった。サクヤは嘘なんて吐いていなかったのに疑って、申し訳なかったと思う。それにさっきの戦闘、僕は完全に足手まといだった。経験に驕っていたのは僕の方だ」
ランスさんは苦々しく言うと、グッと唇を噛みしめた。双槍を握る手にも力が籠って、本気で後悔していることが伝わってくる。
「ランスさん。俺は気にしていません。それに、ランスさんが俺を心配してくれていたことは分かっていますから」
「サクヤ……」
ランスさんはもう1度頭を下げると、次に顔を上げた時には少し晴れた表情をしていた。
「ありがとうな」
「いえ」
ランスさんはまた歩き始める。その後をついて行くと、ランスさんはふぅっと息を吐いた。
「僕はドクラたちと比べれば弱いんだ。レベルは1番高いのに、ステータス平均が低くてな。1番は体力がなくて、ドクラたちとの戦闘でも彼らについて行くのがやっとなくらいだ。どれだけ訓練しても体力がつかなくて、同ランクの冒険者からはかなり馬鹿にされている」
突然の話にどう返事をすれば良いのか悩む。前に母さんにも言われた通り、俺はこういうときの立ち回りが下手くそだ。
「ドクラたちには面と向かって言われたことはないが、常に劣等感はある。パーティの中で突出した特技がないのは僕だけだからな。それでも仲間を守るために必死にやってきた。なるべく危険を避けるように考えて、やってきたんだ。でもそれが本当に正しかったのか、今はよく分からない」
ランスさんの声が少しずつ震え始めたことに気が付いたけれど、何も言葉は出てこない。何かしようかと思っても、至るところが裂けてすっかり泥臭く、汗臭くなってしまった学ランで顔を隠してあげるのもいただけないだろう。
「俺も、分かりませんよ」
「え?」
「妹を守りたいですけど、本当に守れているのか、いつも悩んでいます。自分が車道側を歩き続けることが本当に望実のためになるのか。結果を見なければ分からないんですよ」
「しゃどう……?」
キョトンとしているランスさんに、曖昧に笑ってから顔を逸らした。
めちゃくちゃ顔が熱い。考えてみれば気障な例えをしてしまって、しかもこの車のない世界で車道に例えるなんて痛すぎる。他に何か言えなかったのかと後頭部を掻くと、ランスさんが笑いを零した声が聞えて振り向いた。
「よく分からないけど、ありがとうな。サクヤも悩んでいるんだと思ったら、少し気が楽になった」
初めて表情が緩んでいるところを見た。優しさに満ちた、温かい顔。キリッとした姿は格好良いけれど、こうしてみると本当に可愛らしい女性なんだと思う。
「気持ちが軽い方が視界が開けるらしいですからね」
「そうなのか?」
何が可笑しいのか、ずっと笑っているランスさん。それを見ていたら俺も肩の力が抜けた。ずっと緊張していたらしい。
「さ、街まであと少しだ」
「はい」
すっきりした顔をしたランスさんの隣を歩くと、街を囲む背の高い頑丈な壁が見えて来た。
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