マリアーナ


 龍の口の真下まで来ると、その大きさに圧倒される。ポカンと口を開けて龍の瞳に埋め込まれた青い石を見上げる望実とサランの背中をつついて、目の前の人と同じように門番の前を通り抜けようとした。



「止まれ」



 空色の薄手の上着とシーグラスと宝石で装飾された衣装で身を包んだ門番に止められて足を止める。魔力の〈隠蔽〉が効かなかったのだろうか。〈影属性魔法〉で逃げる準備をしつつ顔を上げると、門番さんが俺に向かって手を差し出していた。



「見ない顔だが、身分証はあるか?」


「身分証?」



 リオラと同じマリンブルーの髪と瞳。低い声が渋くて格好良い。なんてことを思っている場合ではない。身分証といえば保険証とか免許証だろうか。どちらも今は持っていない。



「代表はお前か?」


「はい。サクヤと申します」


「ふむ、サクヤか。ギルドカードとかないのか?」


「これから冒険者登録をしようと思っていて」


「そうか。それならそこでちょっと待っていろ」



 門番さんは俺たちにその場で待つように言うと、向かい側で仕事をしていた門番さんに声を掛けてからどこかへ向かった。その姿を追うと、門のすぐ側にある真っ白な壁に木製のベランダがついた建物に入っていった。


 いや、あの建物が真っ白というのは確かだが、この街の建物はここから見える限り全て白い。青緑色の海を売りにしているだけあって、海辺の街らしい景観を守っているらしい。


 しばらくして門番さんが建物から出てくると、後ろにピョコピョコと動く黒い猫耳が見えた。



「待たせたな」


「いえ」


「こいつは冒険者ギルドの受付のバイタオだ」


「初めまして。皆さんが冒険者登録の希望者の方ですか?」



 黒猫の獣人だろうか。中世的な顔立ちだが、声は低く落ち着いている。白色のポロシャツから覗く腕にも細くしなやかな筋肉がついていて、細身な身体とは対照的に力は強そうだ。



「はい。よろしくお願いします」


「承知いたしました。では、冒険者ギルドへご案内いたします」


「えっと、入って良いんですか?」



 状況が飲み込めずにいると、バイタオさんはしっぽをフリフリと振った。



「はい、もちろんです!」



 ニコニコと笑ってくれて、緊張がフッと解けた。


 門番さんと別れてバイタオさんについて行くと、さっき2人が出て来た建物に案内された。バイタオさんは両開きのドアをサッと引き開けた。



「ようこそ、冒険者ギルドマリアーナ支部へ」



 冒険者ギルドマリアーナ支部は真っ白な外観そのままに、真っ白な内装に木が組み合わされている。中にいた武装した人たちの視線を感じながら最奥にあるカウンターまでバイタオさんの後について行くと、上に受付と書いてあった。



「こちらが受付になります。これから基本情報の登録とステータス測定、冒険者登録試験の説明をさせていただきます」



 ここでやるのか、と少し嫌な気分になる。至る所から感じる視線が気になって仕方がない。バイタオさんもそれを察したのか、困ったように眉を下げた。



「申し訳ありません。この街でもあるんですよ、獣人差別が。おそらくお2人が獣人なことと、人族のお2人とパーティを組んでいらっしゃるようなので、それが気になっているのでしょう」


「獣人差別……」



 さっきの門番さんも普通だったし、ここに来るまで全く触れる機会がなかった話だ。まさかアブスとエグス以外にも種族単位の差別があるとは思わなかった。


 それを考えると、目の前で穏やかなオーラを纏って見せているバイタオさんのことも気になってくる。きっとここで仕事をする上で嫌な思いをすることもあるのだろう。



「あの、バイタオさんは大丈夫ですか?」


「私、ですか?」



 バイタオさんはキョトンとした顔で俺を見上げる。真っ黒な瞳は見る者全てを魅了してしまいそうなほど美しく、輝く光を宿している。しばらく無言の時間が流れて、俺の後ろから望実とリオラとサランが顔を覗かせた。



「えっと、バイタオさん? 大丈夫ですか?」



 バイタオさんの顔の前で手を振ってみると、バイタオさんはハッとした。そしてその視線は俺の手を追っている。まんま猫だ。



「ふふっ、可愛らしいですね」


「か、かわっ!?」



 手よりも俺の言葉に意識が向いたのか、バイタオさんは目を大きく見開いて俺をジッと見つめた。その頬がじわじわと赤くなって、失礼だったかと今更ながら気が付いた。



「初対面で男の方に可愛らしいなんて、失礼でしたね。申し訳ありません」


「い、いえ! 大丈夫ですから!」



 俺が謝ると、バイタオさんはブンブンと首を振った。そしてバタバタとカウンターの下からバインダーを取り出した。そして1つを落してしまって、ペコペコしながら拾った。きちんと新しいものと交換してから俺たちに1人1つずつ渡してくれた。



「えっと、ですね? まず、こちらの基本情報申請書に名前や出身、種族、職業を書いてください。全てステータス測定で本当のことが分かりますから、本当のものと違っていても構いません。この項目に関しては申告されたものをカードの裏に記載させていただきます」



 つまりは正式なものを登録さえしてしまえば、偽名だろうが出身や種族を偽っていようが関係ない。職業も自由に選べる。完全なる実力主義の世界というわけだ。


 とはいえ俺たちは全員ステータスを偽っている。ここくらいは素直に書いておいた方が良いだろう。俺たちは横並びにカウンターに立つと、バイタオさんが少し震える手で渡してくれたペンを持って基本情報申請書の項目を埋め始めた。


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