賢者の水晶


 基本項目を埋めてからバイタオさんに書類を渡すと、今度はファストの森のガラクタ置き場で見た賢者の水晶とよく似た水晶玉を取り出した。神々しく輝くそれを紫色の座布団に置くものだから、見た目は占いに使う水晶だ。



「これは何ですか?」


「これはいつかの賢者が作った水晶の1つで、ステータス測定ができるものです。仕組みはよく分かっていないのですが、賢者によって各街のギルドに1つずつ贈られたと聞いています」


「なるほど」



 賢者は全ステータス値が99+の強者だ。研究だってお手の物なのだろう。何せ人族を獣人族に変える能力すら持っているんだから。魔法やスキルと同等のことができる道具の発明くらい容易いだろう。



「これに触れてください。これに表示されたステータスをギルドカードに登録します。この結果は冒険者ランクとは無関係です。この水晶は平常時であれば最低1か月に1度は測定をしていただいて、その度にデータを更新します。またステータスの平均値がランクアップした場合にも自己申告をしていただいて測定をすることができます」


「冒険者ランクはどうやって決まるのですか?」


「冒険者ランクは全員F級からスタートしていただきます。F級からE級への昇格へは10件の依頼達成、E級からD級への昇格は20件の依頼達成が必要になります。依頼達成の条件は10件ずつ増えますが、さらにC級からの昇格には免許試験が必要となります。ギルド裏手にある競技場で試験官依頼を受けてくださった冒険者の方に勝つことができれば昇格です」


「依頼を受ける条件はありますか?」


「はい、冒険者ランクの1つ上のランクの依頼までは受注できます。しかし失敗すると違約金が発生します。また、達成件数はパーティ全員で分配されますが、虚偽の報告であるとみなされた場合にはパーティ全員達成として換算されません」


「虚偽の報告であると判断する基準はなんですか?」


「それを判断する賢者の水晶があるんです」



 嘘発見器のようなものだろうか。この世界もなかなかしっかりした規定があるものだ。



「賢者の選定はステータス主義でしたよね?」


「はい。全ステータス99+が必要ですから、100年に1度現れるかどうかというところですが」



 バイタオさんは困ったように肩を竦めた。賢者がいないとなればアブスの統率は取りづらい。ギルド側としては大きな問題なのだろう。



「さて、話し過ぎましたね。みなさんこちらの水晶に触れてください」



 しっぽをフリフリと振るバイタオさんに促されて俺から水晶に触れる。



「サクヤさんはウルフ族ですか。STR41、VIT42、AGI50、INT44、RES40、DEX45、LUK40で平均は約43なので、C級相当ですね。流石はウルフ族です」


「ありがとうございます?」



 ウルフ族は基本値が高いらしいけれど、俺はウルフ族のことがよく分からないし、正直そこまで褒められても分からない。


 そして気になるのは、俺がウルフ族だと分かった瞬間のバイタオさんの顔だ。一瞬怯えたような色が浮かんだことが気になった。だけどそんなことを聞く間もなく望実の番になった。



「ノゾミさんは人族ですね。STR54、VIT51、AGI50、INT50、RES52、DEX50、LUK50で平均は51ですか!? B級相当、ですか……」



 バイタオさんは驚きが隠せない様子でポカンと口を開けた。確かに15歳でレベルは7。こんなにステータスが高いのは異常でしかないだろう。



「つ、次はリオラさん、お願いします」


「は、はい」



 緊張した様子のリオラが水晶に手を翳す。バイタオさんも緊張した顔をしている。俺と望実のステータスがそれなりに高かったから警戒しているのだろう。



「リオラさんも人族ですね。STR15、VIT47、AGI22、INT32、RES54、DEX54、LUK12で平均は33ですから、D級相当ですね」



 バイタオさんは少しホッとした様子でリオラの結果を告げる。対してリオラは目を輝かせて俺を見上げた。



「サクヤさん! ステータスが昨日よりだいぶ上がってます!」


「ああ、特にLUKの上昇がすごいな」


「サクヤさんのおかげです!」



 ここまで嬉しそうな顔をしてもらえると、俺としても戦闘時のサポートのし甲斐がある。



「リオラちゃん、すごいね!」


「ノゾミさんもありがとうございます!」



 きゃっきゃとはしゃぐ2人をほっこりした気持ちで見ていると周囲の視線に気が付いた。2人に注がれる好奇の視線。俺はイライラをどうにか落ち着かせようと笑顔を作る。だけどどうにもイライラが収まらない。



「ひっ……」


「なんだ、アイツ……」


「う、ウルフだ……」



 今度は俺について何か言っている気がするが、何を怯えているんだろう。俺はこんなにもにこやかに笑っているというのに。



「サクヤお兄ちゃん、圧がすごいよ?」


「いやいや、笑っているだろ?」


「その分より怖いよ」



 サランは耳を垂らしてひそひそと話す。怖くて上等。望実とリオラに変な虫がつかないならそれに越したことはない。俺が舐められて手を出されるよりよっぽど良い。



「さ、サクヤさん?」


「ん?」


「い、いえ……」



 呼ばれて見ればバイタオさんまで視線を彷徨わせていた。流石にバイタオさんを怯えさせてしまうのは気が引ける。そう思えば自然と苛立ちも収まってきた。



「すみません。怖がらせてしまいましたね」


「大丈夫ですよ。仲間想いの方なんですね」


「まあ、望実は大切な妹ですし、リオラも大事な仲間ですから」


「妹さん、ですか?」



 バイタオさんが興味ありげな顔になった。けれど正確な事情は話せないし、適当に話せばボロが出る。



「はい。まあ、ちょっと複雑なところはありますけど」



 情けない顔を作った上で先制してこう言ってしまえば、バイタオさんも深くは聞けないと判断したのか引き下がってくれた。バイタオさんは何を言えば良いか少し悩んだようだったけれど、パッとサランの方に目を向けた。



「次に、サランさんの測定をしましょう」



 受付をやっているだけあって線引きと判断能力の高さは流石だ。


 話を振られたサランは水晶の前に立つとゴクリと唾を飲んだ。



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