旅立ち


 目を覚ますと宿屋の部屋に寝かされていた。母さんと望実は。目が覚めて1番に思ったことはやっぱりそれだった。



『母さん、無事?』


『朔夜。起きたのね。身体は辛くない?』


『後で〈聖属性魔法〉で治せるから大丈夫』


『そう。無茶はしないでね』



 心配そうな声に申し訳なく思うけれど、母さんも無事だったようでホッとした。



『望実は?』


『まだ寝てる。相当疲れたのね。リオラも隣で寝てて、サランも部屋で寝てるはず』


『そっか。ありがとう』


『あんたももう少し休んでなさい』



 〈念話〉を切って重たい身体を起こすと、外が何やら騒がしい。それに何か良い臭いが漂っている。


 窓を開けると夕暮れ時。窓の下を覗き込むと、道行く人々が焼き鳥のような物やコップを手に高揚した雰囲気で歩いている。向かっている方向にあるのは中央広場だろうか。



「入るぞ」



 ドアがノックされて、俺の返事を待たずにバイタオさんとギルマスさんが入って来た。ドアはバイタオさんが開けたから無事だった。俺が慌てて姿勢を正すと、ギルマスさんは手で制した。



「サクヤくんの活躍についてはドクラくんたちから聞いている。街を守ってくれてありがとう」


「いえ、当然のことですから。それで、本題は?」



 ギルマスさんの険しい表情。それにバイタオさんの悲しそうな様子。感謝を伝えにきただけではないことは分かっている。



「ドクラくんたちからサクヤくんとリオラくん、サランくんがエグスであると聞いたが、それは本当か?」


「はい、本当です。ステータスは俺の魔法で〈隠蔽〉しました」


「そんな魔法があるのか。いや、我々はエグスについて知らないことばかりでな」



 ギルマスさんは大きな身体で肩を竦める。アブスとエグスの確執の間には無知の恐怖もあるのだろう。



「私やバイタオくん、ドクラくんたちはサクヤくんたちにこの街に残って欲しいと考えている。だが、君たちを匿っていることがギルド本部に伝われば街が焼かれるだろう。それと残念なことに街の中にも君たちを快く思わん者が現れるだろう」


「分かっています」



 ギルマスさんは俺の返事に少し安心したような顔になった。残って欲しいというのも本心だったのだろうけど、街を守り続けなければならない人間からすれば俺たちは邪魔な存在だ。それがいくら街を守った人物だったとしても。


 とはいえ街が焼かれることまでは想像できなかったけれど、この街に留まり続けることができないことくらいは分かっていた。望実と仲間の命を守るためにも街を離れるべきだということは戦いが始まる前に覚悟を決めていた。



「明日の昼にでも街を離れます」


「分かった。せめて見送りはさせてもらえるか?」


「はい」


「ありがとう。これは報酬だ。ノゾミくんたちも疲弊して休んでいよう。全員分サクヤくんに預けておいても良いか?」



 ギルマスさんが渡してくれた大きな4つの袋。どれにもぎっしりと金貨が詰まっていて驚いてしまった。



「それぞれの討伐数と鑑定の結果を反映した正当な報酬だ。それから依頼達成報酬も加算されているからな。これで食糧を買い込むと良い」


「ありがとうございます」



 ギルマスさんは軽くウインクをして、バイタオさんが開けたドアから部屋を出ていく。きっと報酬に色を付けてくれたのだろう。今日初めて会ったのに良くしてくれて、街を離れがたく思ってしまう。



「サクヤさん」



 俺をジッと見つめる目には薄っすらと涙が浮かんでいる。バイタオさんもあんなに良くしてくれたのにな。



「騙すような真似をして申し訳ありませんでした」



 俺の謝罪に、バイタオさんはブンブンと首を横に振る。どういうことかと疑問に思っていると、バイタオさんの両腕が俺の首に回された。



「ちょっ」


「動かないでください」



 素直に大人しくすると、バイタオさんは俺の首の後ろで何かをカチャカチャと動かしていた。バイタオさんが俺から離れると、リングが着いたネックレスが俺の首から下げられていた。



「私の一族に伝わるお守りです。サクヤさん、またお会いできますか?」


「いつか、また会いましょう」



 バイタオさんは涙を零しながら綺麗な笑顔で頷いた。その美しさに見惚れている間にバイタオさんは部屋を飛び出して行ってしまった。慌てて追いかけようとベッドから飛び降りた。



「〈聖属性魔法〉」



 痛みや疲労を回復して部屋を飛び出そうとした瞬間、ドアがひとりでに開いた。驚いて急停止すると目の前にはラムさんが立っていた。



「すみません! あの、これを渡しに来たのですが」



 バイタオさんのことも気になるけれど、この街を離れるならばこれ以上深く関わってはいけないと気持ちを落ち着ける。改めてラムさんに向き直ると、ラムさんは干し肉や干し野菜、調味料が山盛りに詰められている箱を持っていた。



「これは?」


「スイレイさんから明日の昼にサクヤさんが街を出ていくと聞いて、せめてもの選別にと」


「ありがとうございます。助かります」


「それから、これも」



 ずっしりと重たい箱を受け取って机に置く。それからラムさんの方を振り向くと、夜空のような深い紺色のローブをくれた。



「上着がボロボロになっていましたから、良ければ使ってください」



 言われて見れば転生前から来ていた学ランはところどころ破けてしまっている。逆によくこの格好でずっといられたものだ。



「有難く使わせていただきます」


「これには再生の加護があるので、破れてもすぐに直りますから」


「そんな良い物をいただいて良いのですか?」



 思いも寄らない加護を持っていることに驚いてラムさんを見ると、顔を赤らめながら微笑んで涙を目にいっぱい貯めていた。



「私のことを忘れないでいてくだされば」



 美しい笑顔に涙を流したラムさんはそれを無理やり拭うと部屋を飛び出していった。ラムさんの表情はバイタオさんの表情と似ていてハッとした。


 俺はようやく2人の気持ちに気が付いた。応えることのできない気持ち。それなら俺は、静かにここを立ち去るべきだ。


 すぐに〈聖属性魔法〉で望実たちの体調を回復させると、3人はすぐに目を覚ました。3人とも俺が何かを言う前に荷造りを終わらせて、目が覚めてから1時間もしない内に準備が整った。


 宿屋の1階には誰もいなくて、カウンターに「広場にいる」と書置きがあった。奥から微かに聞こえたラムさんのすすり泣く声には気が付かないふりをして、俺たちは静かに宿を後にした。


 門を通るときには来たときにお世話になった門番のおじさんと顔を合わせた。けれど彼は何も言わずに俺たちを送り出してくれた。



「次はどこに行くか」


「サンドランダムが1番近いと思います」


「じゃあそこに行こうか」



 望実たちも街を離れる理由は分かっている。それでもただ笑って旅を再開した。


 俺たちがまたマリアーナに戻ってくるときは、俺が賢者になってアブスとエグスの軋轢を解消できた後になるだろうか。そのために今はこの大陸のどこかにある魔王城への入り口を見つけなければ。



「夜の森は危ないし抜けちゃうか。〈闇属性魔法〉」



 さようなら、マリアーナ。



【第一章Fin】

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親子転移ー魔王と勇者と弓の話ー こーの新 @Arata-K

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