A級冒険者
先に座っていたドクラさんに促されて望実の隣の席に座ると、すぐに木製のコップに注がれたお茶が運ばれてきた。
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
俺のお茶とランスさんのお酒を運んでくれた小さな男の子は、パタパタとカウンターの奥に引っ込んで行った。
「お兄ちゃん、結果は?」
「もちろん合格だよ。今は素材の鑑定をしてもらっているから、それが終わるまでここで待っていることに……」
「そっか!」
望実は最後まで聞くことなく嬉しそうにふふっと笑うと、隣に座るリオラとハイタッチをした。サランもわさわさとしっぽを振ってくれて、俺の妹と仲間の可愛さに天井がないことを改めて知った。俺ほどの幸せものはこの世界も地球も探してみたっていないだろうな。
「改めて、サクヤ、ノゾミ、リオラ、サラン。冒険者登録試験合格おめでとう」
俺が幸せに浸っていると、お酒を飲んで少し頬を赤くしているドクラさんが乾杯、とコップを掲げた。俺も慌ててコップを持ち上げると、ドンッとコップ同士がぶつかった。コップをぶつけただけとは思えない衝撃が手にジンジンと伝わってきた。
「サクヤの話はまだ聞いてないが、3人はあっさり課題をクリアして戻ったからな。これからに相当期待できると思うぞ」
ドクラさんがニヤリと笑うと、隣に座っていたトリクスタさんもコクリと頷いた。
「特にサランは15体のゴブリンの群れを1人で討伐したもんね。ウルフ族とはいえ流石の身体能力だったと思うよ」
「ありがとうございます」
本当はフェンリル族だけど。とは言わず。サランは嬉しそうにしっぽをブンブンと振るものだから、そっと抑えてやった。人にぶつかったら危ないからな。
「15体の討伐はF級冒険者の依頼5件分になるからね。登録試験の分は引いても4件分の依頼を達成したことになるからってことで、成績として記録してもらえることになったんだよね」
「はい! それにたくさん倒した分、ステータスも少し上がりました!」
サランは元のステータスも高い。冒険者としても1歩リードするとは、流石なものだ。
「ゴブリンの素材は買い取られないと聞いたんですけど、討伐後はどうなるんですか?」
「ああ、冒険者が要らないと言って置いていくなら、孤児院に提供されるんだ。美味くはないし栄養価も高くないが腹持ちの良い肉と、質は悪いが着られる服が作れるからな。まあ、ほとんどの冒険者は要らないと言うから。最近ではそのまま処分していることも多いらしい」
なんと勿体ない。ゴブリンの肉は食べたことがないから分からないけれど、他の素材は上手く加工すればそれなりなものが作れるのに。捨てられるくらいなら俺はなるべく自分で加工したい。
「まあ、それはそれとしてじゃな。サクヤはかなり時間が掛かっていたようじゃが、何をしていたんじゃ?」
マキリさんが俺ではなくランスさんに問いかける。ランスさんは試験中のことやスタンピードが起こりそうなことを詳細に話した。するとドクラさんもマキリさんもトリクスタさんも、一様に目を見開いて俺をまじまじと観察し始めた。
「こんな凄いやつらのリーダーって言うから気になってはいたが、それほどとはな。今度俺と手合わせしてくれよ」
望実と一緒に行動して考えが変わったのか、ドクラさんは出会ったときよりも好意的に俺たちのことを見てくれているようだった。
「是非、よろしくお願いします」
嫌悪されないだけでも有難いのに、上位の冒険者と手合わせまでさせてもらえるなんて喜びしかない。
なんて少し浮かれた気分の俺に、遠巻きな視線が刺さる。昨日望実とリオラに向けられたような好奇の視線ではない、明らかな嫌悪。サランもそれを感じ取ったらしく、チラチラと周囲を確認し始めた。
「どうして獣人ごときがA級と」
「ウルフ族だからって調子に乗ってるだけだろ」
「新人のくせに」
ウルフ族の聴力を舐めてもらっては困る。ひそひそと話す陰口も全て筒抜けだ。
ぽっと出の新人で、さらに獣人がA級冒険者と仲良さげに話をしているのが気に食わないと。相手の実力も測れないやつがただ嫉妬心をむき出しにしていると人間の底が知れるぞ、と思って内心彼らの方を見下してしまう。
けれど嫉妬なんて誰でもするものだ。つい最低なことを考えてしまった自分を諫めていると、サランのキラキラと輝く空色の瞳と目が合った。
「どうした?」
「あのね、ボクも気にしない!」
俺の心を〈読心〉で読んだらしい。あまり格好良くないことも筒抜けなのは決まらないな。だけど今はサランが彼らにいろんな意味で噛みつきにいかなかったから良しとしよう。
「そうだ、それだけの強さがあるなら、スタンピードの討伐隊にも推薦しておくぞ。ランクが低くても上位の冒険者からの推薦があれば参加できるから」
「それは良いのぉ。ゴブリンの巣窟に乗り込んで討伐すればレベリングも早いじゃろうし、報酬も悪くない。実力があるならちまちまと依頼をこなすよりも一気にランクアップを狙って受けられる仕事を増やした方が良いからの」
「ついでに早くランクを上げてもらえると有事のときの俺たちの出動も減るだろうしね」
「トリクスタ。そういうことは言わない方が良いですよ」
トリクスタさんは口の端を持ち上げてニヤリと笑う。対照的にランスさんはため息を吐いたけれど、気持ちは同じなのだろうということが曇った瞳から伝わってくる。この街にいる冒険者の数は知らないけれど、日ごろ苦労しているのだろう。
冒険者は大きく分けて2種類ある。1つの街を拠点としてギルドから直接依頼を受けるような人と、旅をしながら行く先々の街で依頼を探してランクアップや報酬のゲットを目指す人。
大抵前者は上位の冒険者で、後者が駆け出しの冒険者だ。上位の冒険者になると街が囲い込んでいるという話も昨日宿のレストランで耳に挟んだけれど、街を守るためならばそういうこともあるだろう。
呆れているランスさんと飄々としているトリクスタさんを観察しながらお茶を飲んでいると、後ろからパタパタと駆け寄ってくる音と、しっぽが服に擦れる音が聞こえた。
「サクヤさん! 報酬の用意ができたので、1度買い取り部屋に来ていただけますか?」
予想通りバイタオさんに呼ばれて、俺は卓を囲む面々に断ってからバイタオさんについて買い取り部屋に向かった。
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