ゴブリンスタンピード


 アルハは上空から戦闘能力が高そうな個体に目を付けては急降下する。そしてその目の前に舞い降りて〈魅了〉を掛けて回っていた。〈魅了〉に掛かれば術者の言いなりになるしかない。故意に戦争を起こすこともできる危険なスキルだ。



「あれは味方ってことで良いんじゃな?」


「そういうことですね」


「承知した」



 〈魅了〉にかかったゴブリンの近くにいたマキリさんは、そのゴブリンを避けて石斧を放り投げた。制御技術はリオラのナイフ投げと同等のスキル。流石はA級冒険者だ。



「ちょ、どんどん湧いてくるけど!」



 後方から聞こえたトリクスタさんの声に、マキリさんと目の前のゴブリンに集中していた視界を広げる。確かに最初の頃よりも一気に飛び出してくるようになった。もう100体近く倒している、または寝かしつけているけれど、まだまだ湧いてくるということだろうか。



「ぐあっ!」


「マキリさん!」



 ゴブリンが持っていたナイフがマキリさんの腕に刺さっている。そこからドクドクと血が溢れる。その光景に、一瞬俺の思考は停止した。



「心配はいらん。これくらいポーションで治せるわい」



 マキリさんの叫ぶ声にハッとして、すぐにマキリさんの救援に回った。俺が盾になって戦う間に、マキリさんは手持ちのポーションを飲もうとした。けれど手に力が入らないのか、なかなか瓶の蓋が開かない。



「すまんな。老体には体力的にキツイもんでな」



 マキリさんの言葉にドクラさんたちを見れば、後方支援の2人を含めて全員息が切れ始めていた。俺が作った回復薬なら疲労も完全に取ることができる。望実たちには渡していた分を飲んでもらって、マキリさんたちには俺の手持ちを渡そう。



「死ね!」



 アイテム袋に手を伸ばした瞬間、ゴブリンが3体一斉に飛びかかってきた。アイテム袋に伸ばした手でナイフを引き抜く。右手の刀で1体の首を撥ねて、続けざまに1体の心臓を貫く。同時に左手のナイフで1体の首元を切り裂いた。



「お見事。ほれ、次が来るぞ」



 マキリさんに言われるまでもなく、次々に襲ってくるゴブリンを1撃で斬り伏せる。俺はこのまま戦い続けることができる。だけど仲間やマキリさんたちを放っておけば、また怪我人が出る。それに足下に転がっているゴブリンたちもいい加減邪魔だな。



「限界か」



 全員が生き残るために必要なこと。これで殺されそうになったら望実たちと一緒に影に潜って逃げれば良い。街のことを中途半端に放り出すことになっても、俺の正義は望実と母さんを、そしてリオラとサランを守ることだ。



「〈聖属性魔法〉、〈闇属性魔法〉」



 〈聖属性魔法〉で7人とアルハを対象にHPと疲労感、状態異常を完全回復させる。そして〈闇属性魔法〉で足下のゴブリンたちを影に収納した。後で戦果は山分けするとして、素材は上手く加工してプレゼントにでもしようか。



「何が起きた? ゴブリンはどこに?」


「分からない。だが、疲れが取れてまだまだ戦える!」



 ドクラさんとランスさんの勢いが増す。そのまま深く考えずにいてくれたならどれだけ良いだろうか。



「サ、サクヤ、お主……」



 後ろで俺が魔法を使うところを見ていたマキリさんの表情が引き攣る。俺と目が合うと肩を撥ねさせて石斧を握り締めた。



「騙すような真似をして、すみませんでした。でも、殺すのは後にしてもらえませんか? 俺はできるならこの街を守りたいので」



 マキリさんと話をしたいのに、ゴブリンたちは構わず攻撃を仕掛けてくる。鬱陶しいけれど、考え込む暇がないのは有難かったりもする。


 5体のゴブリンが飛びかかってきて、流石に攻撃魔法も使わなくてはいけないかと思った瞬間、視界の端で石斧が振るわれた。



「全く。子どものくせに余計なことを考えるでないわ」



 マキリさんはニヤリと笑うと、2体のゴブリンをあっという間に地に伏せさせた。俺も残された3体を刀とナイフで薙ぎ倒す。



「少なくともわしはサクヤを信用しとる。アブスもエグスも関係なく、1人の獣人の男としてな」



 そう言ってニヤリと笑ったマキリさんは再びゴブリンの群れに突っ込んでいく。その背中は俺より小さいはずなのに大きく見えて、その雄々しさにゴブリンたちも怯んでいく。


 マキリさんだけでも俺を信用してくれるなら。俺は持てる力を全て使いたいと思った。これから襲来する可能性があるゴブリンもどきとの戦闘に向けて、戦力はなるべくそがれない方が良いだろう。



「〈身体能力強化〉、〈防御力強化〉」



 〈無属性魔法〉を全員に掛ける。全員の身体が薄っすらと青く光る。これで攻撃力にも防御力にも補正がかかる。格段に戦いやすくなるはずだ。


 俺もマキリさんからほど遠くないところで刀を振り回していると、ドシドシと嫌な重みのある足音が聞こえた。聞き覚えのある足音だ。



「〈遠視〉」



 東西それぞれから30体ずつ程度の群れがこちらに向かっている。



「サクヤ! 来たわよ!」


「はい。分かっています。リオラ! サラン! 行くぞ!」


「待てサクヤ!」



 リオラとサランを呼んだところで、ゴブリンの頭を掴んで地面にめり込ませたドクラさんに呼び止められる。大盾と剣の使い手では?



「こっちの人手も足りない! せめてリオラを残してくれないか?」



 そう言われても、ゴブリンもどきの討伐も量と固い装甲を破るために人手が欲しい。武器と魔法の組み合わせができるリオラとサランはどうしてもこちらに来てもらいたい。


 どうするべきかと悩みながらゴブリンを薙ぎ払っていると、その隙をつかれてゴブリンたちが俺たちの横をすり抜けていった。



「不味い! 望実!」



 俺が声を張り上げて振り向いた瞬間、すり抜けていったゴブリンたちの身体を真っ二つに斬る光線が煌めいた。そして光線に沿ってゴブリンたちが切り倒された。その向こうでは、望実が剣を煌めかせていた。



「お兄ちゃん! 私が加勢する!」


「……分かった。怪我はするなよ!」


「もちろん!」



 母さんを背負った望実は剣を片手に俺の横をすり抜けていく。そして剣舞のように剣を振るい始めた。望実の剣捌きはいつ見ても美しい。



「ドクラさん。望実をお願いします」


「あ、あぁ……」



 望実の剣に驚きながらゴブリンを倒すドクラさんに望実を任せて、俺たちはこっちだ。隣に来てくれたリオラとサランと共に、東西の茂みの揺れに身構えた。


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