第41話 弟
吐いた息がそのまま氷の粒となりそうなほど冷えた夜、いつもならとっくに寝ているはずの時間だが、なぜか今日は寝付けず、男はフラフラ散歩していた。昼間は人が忙しなく動き、ガヤガヤと声や音に溢れるこの場所も、深夜になれば人気なく、灯りも最低限しかついていない。寒さからか、不気味さからか、男は一つ身震いをし、思い立ったようにある場所に向かった。
「そうか……今日は新月か」
月のでない暗い夜。
闇よりも深い闇―。
皮膚を突き破るような寒さも相まって、男はそんな言葉が相応しい夜だと思った。あまりにも寒かったので、途中で何度も引き返そうと立ち止まったが、目が冴えきっていたので、部屋に戻ってもどうせ眠れないことは分かっていたのと、何より動いている方がまだ暖かかったのだろう。男は、足を早めて目的地に向かった。
目的地にたどりついた時、男は微かな違和感を覚えた。西の塔と対をなすこの場所は、西の塔同様、役人たちには忘れられた存在だ。しかも、西の塔のように『通路』にもなっていない。左右対称にするための東の塔。どの部署にも属さないため管理は龍族に任せているが、それだけ。手を加えることもなく、誰かが近づくこともなかった。―今までは。しかも、感じ取れる気には覚えがあった。もう何年も感じることのなかった気。
「兄上……」
久しぶりに聞いたその声の方に顔を向けると、もう何年も会っていなかった弟が立っていた。
「礼」
「お久しぶりです、兄上」
その言葉に、男は存在を確かめるように弟の肩をガシッと掴み揺さぶった。
「久しぶりじゃないぞ!お前、生きてるんだな!?夢じゃないんだよな?」
「生きてます。今日はお願いがあってきました」
「お願い?」
弟は微笑んで頷くと、自身の両腕に視線を落とした。男もつられて弟の視線の先に目を向けた。両腕に抱えられていたのは―
「赤子……?」
「私の娘です。名は瑤。兄上、私の代わりにこの娘を育ててください」
そう言って弟は男に娘を抱かせた。状況が読めず、動揺している男に弟は続けて言った。
「瑤は龍使いです。いずれ天界を救う娘です」
「礼!どういうことだ!お前が自分で育てれば良いだろう!」
「私はもう行かなければなりません。頼みます。兄上」
そして、弟は男が名を呼ぶ前に姿を消した。生まれたばかりの小さな瑤を残して―。
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