第11話 夕日
夕日が沈む前の空が橙から紫に変わるその瞬間の色が好きだった。
以前天界にいた時も、人界にいた時も。…今も。
天帝の執務室を出た後、声をかけてくる龍たちも無視し、瑤迦は一人歩いていた。目的地もなく、ただフラフラと。その表情からは感情は読み取れない。
ハッと我に還った時、瑤迦は天宮で唯一沈む夕日が最後まで見られる西の塔まで来ていた。
東西に建つそれぞれの塔は、天宮の敷地の西の端、東の端を示している。山裾から中腹くらいまでの高さで、入り口は裾と頂上の二箇所。
頂上の入り口は天宮本体から橋で繋げて塔の外周をぐるっと一周できるようになっていた。そこまでしてあるのだから余程重要な施設なのかと思い、
以前炎迦と流迦の三人で扉の錠を壊し入ってみたが、下まで続く螺旋階段があるだけで何もなかった。しかも、長い間誰かが入った形跡もなく、
忘れられたように、役人が近づくこともなかった。それなのに後で天帝にバレた時はめちゃくちゃ怒られて3日間三人が嫌いな書類整理をさせられた。
夕日が最後まで見られることを知ったのもその時偶然発見したのだ。以来、ここも四阿同様特魔の溜まり場になっていた。
(相変わらず複雑なつくりだな)西の塔から天宮本体を見て改めて思う。
天宮は山の麓から頂上にかけて建てられているので、高低差が激しい。一応階層構造になってはいるが、
増築や改装でそのつくりはかなり複雑になっている。外から見ても複雑だが中はより複雑だ。
初めて天宮に足を踏み入れた者で迷ったことのない人を瑤迦は見たことがない。
天帝や皇后でさえ『視て』はいても、足を踏み入れたことはない場所もあるだろう。
天宮で働く役人たちも自分の持ち場と関連施設以外行く事はないという。というか辿り着けないらしい。
幼い頃から天宮で育ち、遊び場同然だった年若い四人の特魔と、瑤迦たちが生まれる前から天宮に仕えている迅迦は例外中の例外なのだ。
何も考えずここまで来た瑤迦だったが、天帝に言われたことを思い出し、数時間前登ってきた鳳凰山の裏側に目をやった。
(ホント、よく登ったよ…こんな身体で)
天宮は鳳凰山の表側に建てられている。裏側は禁域。天帝、皇后、特魔しか入れない。
なぜなら、禁域には天門、そして人界へと繋がる天道があるからだ。そのため、用心も兼ねて鳳凰山の裏側は手を入れないようにしている。
もし侵入者が来ても足を踏み入れた瞬間、方向感覚と平衡感覚を失い、散々彷徨った挙句、命を落とすことになるらしい。
ちなみに、気が狂うのが先か、体力の限界が先かはその人の性格と体力次第だそう。
瑤迦も炎迦も流迦も鳳凰山の中で迷ったことがないから目くらましの仙術でもかけてあるのかと思い、皇后に聞いてみたが、
目くらましは天門の入り口にかけてあるだけで、山には何もかけられていないということらしい。つまりは鳳凰山は天然の迷宮なのだ。
まさか天帝や皇后がえっちらおっちら山を登ったり下ったりすることはないだろうが、二人もまず迷わないそうだ。
(そういえば迅迦と雷迦は致命的に迷うことはないけど、攻略には時間がかかるとか言ってたっけ)
やっぱり不思議な山だなぁと思いながら、以前より少し土の色が増えた気のする山から目を離し、沈んでいく夕日に目を移した。
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