第45話 信
「それで飛龍殿、陛下方に至急お伝えしたいこととは?」
侍従長が恐る恐る尋ねた。飛龍はギロリと侍従長を睨みつけた。普段そのように凄まれることのない侍従長は思わずヒィと小さく声を上げ、後ずさった。
飛龍は侍従長を問い詰めても無駄だと思ったのか、矛先を近衛の二人に変えた。
「なんで天帝の近衛であるお前たちが知らない?天帝の警護はお前らの役目だろうが」
周は気まずそうに目線を逸らし、答えた。
「面目ない。しかしだな、あの方は、なんというか……」
それまで飛龍たちのやりとりを珍しいものでも見るかのようにあごに手をあてじーっと見ていた信も、周に助け舟をだすようにふふっと笑い会話に加わった。
「あの方自由人だし、行き先教えてくれないんじゃ仕方ないでしょ?それに、あの方ああ見えてそこそこ強いのよ?そんじょそこらの奴らにうっかり殺されちゃったりなんかしないから大丈夫よ。多分、特魔も一緒でしょうし。それよりアタシが気になってるのは―」
そう言って信はニヤニヤしながら飛龍に近づいた。武官のくせに自分のことをアタシと呼び、オネエ言葉で話し、髪のツヤとか肌のハリとか気にしてうっすら化粧までしているこの男が飛龍は苦手だった。近づくとほんのり良い匂いがするのも気に入らない。信は努力の甲斐あって実年齢よりずっと若く見えるし、実際顔だちもかなり整っていて美しかった。元々の美しさに加えて、努力で手に入れた美は何があっても揺らがない。その輝きは年々増していた。言われなければ、この男が武官であることなど誰も夢にも思わないだろう。そんな美しい顔が目の前まで迫ってきた時、飛龍は心底思った。
(なんでこんなふざけたヤツが天軍最強の武人なんだ)
そう。信は天軍最強の武人だ。天帝の背後を守る近衛の後衛という立場でもわかるように、めちゃくちゃ強い。力を使わない純粋な武術勝負であれば、特魔などまるで歯が立たないだろう。その点も飛龍は気に入らなかった。
飛龍の視界が信でいっぱいになったところで信は前進するのをやめ、飛龍の首に両腕を回し微笑みを浮かべ言った。
「ねぇ、飛龍ちゃん?アンタそんなに天帝のことが心配なワケ?そんなワケないわよねぇ。アタシたちに何か隠してること、あるわよね?」
「離れろ。何も隠してない」
飛龍は腕をどかそうとしたが、ものすごい力でびくともしなかった。
「あらそう。じゃ、天帝が帰ってきたら、飛龍ちゃんが泣きそうな顔で心配してましたーってお伝えしても良いのね?」
その言葉に飛龍の動きはピタッと止まった。
冗談じゃない。あいつのことなんかどうでも良い。俺が心配なのは瑤だけだ。しかし、こいつらに言うわけには……というかこいつには知られたくない―
などとぐるぐる考えていると、信が言っちゃおーと楽しそうにしてたので、苦渋の表情でぼそっと口にした。
「瑤迦様が、帰ってきた……」
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