エピローグ 悲劇の後始末
生き残った二人は、再び語り始めました
携帯が着信を伝える。一件のメール。
『体調大丈夫?』
『明日、お見舞い行くから! 絶対!』
みのりからだ。「待ってます!」と手を振る猫のスタンプを送っておく。
病室のドアがさっとスライドした。顔を覗かせたのは、不機嫌そうな顔の少年。今日はウインドブレーカーではなく、スポーティな水色のジャンパーだ。
「おお、来てくれたんだ」
「一応、当事者みたいなもんだからね」
キョウはベッドのそばのスツールを引き出して、腰かける。
「身体の方はいくらか回復したの?」
キョウの戸惑ったような目が私を覗き込む。
「食事もとれるし、普通に過ごせるようにはなったよ。やけどは治療に時間かかるみたいだけど」
患者用のローブから露出した私の両腕、両脚には包帯が巻かれている。東雲邸の火事で負ったやけどだ。水ぶくれがまだ残っていてまだ痛むけど、程度としては中程度だからちゃんと治療すれば痕は残らないようで、それは救いだ。
「救急車、呼んでくれたのキョウくんだったんだよね?」
「じゃなきゃ、あの場合誰がやるの?」
「命の恩人だね、ありがとう」
こればっかりは何度感謝の言葉を告げても、足りない。
正面から礼を言われて照れたのか、キョウスケは顔を赤く染めてそっぽを向く。
「その紙袋、何?」
キョウはリュックサックの他に、紙袋を片手に提げている。袋のデザイン的に、駅中とかにある輸入食料品チェーンのものに見える。
「目ざといな。一応、あんたへのお見舞い品」
「マジ? ありがとう」
「高級フルーツとか期待してたんだったら、残念だけど違う」
「もらえるだけでもありがたいって。お、これ、美味しいやつ」
袋の中には、フィリピン産のドライマンゴー、アメリカの本場のポテトチップス、ベルギー産のチョコレートなどオシャレで美味しそうな輸入食品がいっぱい入っていた。
病院食に飽きてきたころだし、あとでありがたく頂こう。
「それでさ」
「うん?」
「宮内さゆりがあの家の地下にいたってことは、いつわかってたの?」
宮内さゆり。キョウこと倉持恭輔、彼の祖父の旧姓でもある宮内家の一族であり、東雲邸の地下で六十年経っても腐っていなかった死体。
「あの日だよ。警察に通報しようかと思いかけたときに、あの男に襲われたの」
「なるほどね、よくわかった」
「驚かないんだね」
「怒りとか何とか言い出したときはわけわかんなかったけど。でも昨日、おじいちゃんに聞かされた話思い出して部屋探したら、剥製見つけたんだ。それで納得した」
「剥製?」
「そう、白くて赤い目のやつ」
話を聞くと、彼の祖父の雄一郎氏は子供のころ東雲邸を通りかかった際、家の中から出てきた男にうさぎの剥製を渡されたのだという。存命していたときの雄一郎氏から、その話と実物を身聞きしていたことを思い出したのだそうだ。
渡したのは日記にも登場した、使用人の笹野哲司だろう。東雲文成の日記の存在と、文中に登場した笹野という使用人のことを話すと、キョウスケは何も言わず頷いていた。
「最終的にうちの大叔母さんも剥製にしたんだね、その人」
キョウは皮肉めいた口調で呟いた。
書斎に現れた彼女が燃えたのは、やはり地下室で彼女の身体に火がついたからだったようだ。
彼女が眠っていたのは木製の棺の中で火の回りが早かったのか、彼女は身体の半分が黒焦げになった状態で発見された。
そのことが現在、世間を大いに賑わせている。
「無関係だと思われた家屋の地下室から、六十年前に行方不明になった少女の遺体が発見された」のだから。
捜査開始当初の時点で発覚し、騒ぎになっていたそうだ。
私も警察から事情聴取を受けた。地下室でされたこと、襲われているときに聞いた吉野美月に関する東雲千秋の自白も全て(私が聞いただけだから、どれだけの証拠になるかわからないけど)。
そして、地下室から発見した東雲文成の日記も証拠として警察の手に渡った。
さゆりの遺体を見つけたとき、すぐに通報していればここまでひどいことにはならなかったかもしれない。
結果としては、通報する間もなくあの男に襲われたし、このことを警察から咎められてはいないが、後悔はこれからも私の中にくすぶり続けるだろう。
お城のようだった東雲邸は半焼した。五日前のことだ。
出火場所は、書斎のみから出入り可能な地下室。出火原因は電気が通っていないために東雲千秋が使用していた燭台、さらに同じ地下空間にあった可燃性の薬品に引火して燃え広がった。
一昨日行われた事情聴取での私の証言を元に現場の捜査が行われ、薬品が入っていたガラス瓶の欠片など、裏付ける証拠がいくつか見つかったという。
さらに、私の腕に残っていた縄で縛られた痕跡と燃え残っていた縄も見つかり、東雲千秋は死亡確認後に傷害罪で書類送検されている。吉野美月の件も殺人の件で再捜査を進めれば、殺人罪の罪も加わるかもしれないという。
私やキョウが巻き込まれた火事は、世間的にはかなりの大事だったのだと痛感したのは、全てが終わってからだ。
火事でなくなったものは多すぎた。
書斎の空間、本棚、本。ほとんどがダメになってしまったという。
私の元恋人、東雲千秋。地下室で半身にやけどを負った状態で亡くなっているのが発見された。直接的な死因は、一酸化炭素過多による窒息だと、病院のテレビのニュースで知った。
そして、宮内さゆり。地下で朽ちることなく少女の姿で眠っていた遺体。そして、東雲千秋を死に至らしめた張本人。
「さゆりは復讐を果たした、ってことなんだよね」
「多分。僕たちが見たことを他に言ったところで信じてはもらえないだろうけど」
僕たちだけの秘密。そう言いたげに、キョウは目くばせする。
なぜ彼が燃え盛っていた地下室で発見されたのか、という謎については「出火が原因でパニックを起こしたから」という理由で片がついた。
さゆりに引きずられていったのを見たのは私とキョウだけだし、警察に言ったところで信じてはもらえないだろう。
「……怖かったんだからな、あのとき」
キョウが恨めし気な視線を向けてくる。
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