挿話3 童話 囚われのお姫様

『昔々、あるところに一人のお姫様がいました。

 お姫様は長い黒髪に、白い肌を持った大層美しいお姫様で、彼女を産んだ王妃様もうっとりしてしまうほどでした。

 ある年の良く晴れた春の日のことです。

 生まれてから数年経ち歩けるようになったお姫様を連れて、王様と王妃様はピクニックに出かけました。

 彼らが向かったのは、春のあたたかな香りのする空気、優しい色使いで見るものを癒す花たちに囲まれることのできる高原です。

 王妃様が作った美味しいサンドイッチを食べたり、ピンクや淡いブルーのお花を摘んで遊んだり、とお姫様は幸せそうでした。

 しかし、そのピクニックの帰りのことです。

 王様たち一家が帰りの馬車に乗ろうとしたとき、かわいいお姫様がいないことに気が付きました。

「大変だ、あの子がいない」

 王様たちは辺りを懸命に探し回りました。それでもお姫様は見つかりません。

「ああ、こうしている間にもあの子が恐ろしい目にあっていたら、どうすればいいの」

 お姫様を誰よりも愛していた王妃様は、気も狂わんばかりに嘆き悲しみました。

 王家の人間総出で必死に探し、半日が過ぎたとき、お姫様は見つかりました。

 お姫様は、悪い男に連れ去られてしまっていたのです。

「申し訳ありません。この子がとってもかわいかったため、出来心で連れて帰ってしまったのです」

 男は必死に王様や王妃様の前で弁明しましたが、悪いことをした人間です。暗く冷たい牢屋に送られました。

 お姫様は怪我もなく、無事王様たちのもとに戻ってきましたが、そのことがあってから、王妃様の様子が変わりました。

「あの子が連れ去られてしまったのは、私たちが外に出したりしたからだわ。外の世界は危険なことでいっぱいなのに」

 泣きながらそう訴える王妃様に、王様は困り果ててこう提案しました。

「姫専属の見張りや護衛をつけよう」

 そして、王様はお姫様の周りを常に守る護衛の兵士を雇いました。

 それでも、王妃様の心配はなくならず、増していくばかりでした。

「それだけじゃ足りないわ。もっと他にもあるはずよ」

 お姫様を守ることを考えすぎて、王妃様はおかしくなっていたのか、とうとう恐ろしいことを思いついてしまいました。

 お姫様をお城の中の一部屋に閉じ込めてしまったのです。

 鍵の開け閉めができるのは、王妃様一人だけ。そこから出ることはおろか、食事もその部屋でしかとることができません。

 お姫様にはとても可愛がっている弟である王子様がいましたが、弟と遊ぶのも一日のうちの少しの間だけでした。

 王様や護衛たちは王妃様の決断に強く反対しました。しかし、それを聞いた王妃様は

「あなたたちはあの子のことが心配じゃないのね」

 と手が付けられないほど怒り狂うため、しまいには誰も何も言えなくなってしまいました。

 もちろん、お姫様も王妃様のすることに抵抗しました。

 もともと、広い外で自由に遊ぶことが大好きな活発な性格をしていたからです。かわいいお花を眺めたり、行ったことのない場所にたくさん行ってみたいとずっと思っていました。

「ここは寂しくて怖いわ。お願い、お母さま、ここから出して」

 何度も何度も固く閉ざされた部屋の扉を小さな拳で叩きましたが、お姫様がそこから出してもらえることはありませんでした。

 お姫様がここから出すようにと訴える度に、王妃様は悲しい顔をしながら

「悲しませてごめんなさい、私のかわいいお姫様。でも、これはあなたを守るためなの。あなたはここにいなくてはならないの」

 と扉越しに語りかけました。それでもお姫様が泣き止まないと、王妃様はお姫様のことを強く叱りつけたので、ついには諦めてしまいました。

 外の世界に出してもらえないまま、十年近くが過ぎていきました。

 もうこの頃には、お姫様も外に出るための希望など失いかけていました。

 しかし、ある日のことです。

 その日、王妃様はお買い物に行くため、城の外に出ました。

 王妃様はいつもお城の外に出かけるとき、お姫様の部屋に鍵をかけることを忘れないのですが、その日だけ忘れてしまいました。

 いつも王妃様がどこかに出かけるたび部屋の外から聞こえてくる、カチャンという音が聞こえないまま。王妃様の足音が部屋の前から遠ざかっていくことにお姫様は気が付きました。そして、いつも開かない部屋のドアのドアノブをゆっくり回してみると、すんなり開いて廊下に出ることができました。

「これなら外へ出られるかもしれないわ。きっと、逃げるなら今しかない」

 そして、お姫様はお城の外へ逃げ出しました。

 十年ぶりの外の世界に足を踏み出し、お姫様はとても幸せでした。

 もし逃げ出したお姫様を城の前で見かけた人がいたら、その美しさに足を止めていたかもしれません。

 明るい日差しの下で、黒い髪と白い肌を持ったお姫様はとても愛らしく輝いて見えたからです』

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