白雪姫は、炎に包まれました
「あんたはお姉さんも道連れにしたいんだ。千鶴子さんのときも、夏実さんのときもそうだったんだね」
喉にかかったさゆりの手の力が少し緩んだ、気がした。
ああ、そうか。キョウの言いたいことが何となく理解できかけてくる。
さゆりはかつてこの家に住んでいた男に殺された。さゆりから愛を受けていると都合よく思い込んでいた男の手によって。
そのまま、埋葬されることなく彼女は滅びない死体と化した。一部の愚かな人間はそれを「魔法」と呼んだ。
「大叔母さんは、どうしても許せなかったんだね」
同情するようなキョウの声。
宮内さゆりは、どうしても許せなかった。
東雲文成のことを愛していたのかもしれないけど、こんな結末は望んでいなかった。当然だ。
彼女は騙されたんだ。
亡くなったあとも、怒りをずっと抱えながら眠っていた。暗い地下室の中で。
そして、この家にやってきた女を皆、死へと引きずり込んだ。
「あんたの怒りは女性にしか向けられない。この家の男の妻。恋人。この家の男に愛されて、普通に暮らしている女が許せないから。自分はこんな目に遭ったのに。でしょ?」
だから、この家に住むそんな女たちは死ぬ。
「でもさ」
キョウはすうっと、息を継ぐ。
「もうやめなよ、そんなことしても何にもならないから」
さゆりはキョウの方は見ていない。でも、声だけは聞こえているんだろうか。
「安らかに眠ってくださいなんてことも言うつもりはないけど。解放してあげて、お姉さんを」
さゆりの姿がふっと消えた。音もなく。
「げほっ、どこに、行ったの、あの子」
こみあげる咳とともに足の力が抜けて、床に膝が崩れ落ちる。
「一度どこかへ姿をくらましただけ。どこかにはいる」
キョウスケは冷静に、辺りを見回している。
「わかるのね」
「うん、残念なことに……」
続けて何かを言いかけたキョウが危ない! と叫び、しゃがんだままの私の腕を引っ張る。
背の高い男が背後から、駆け込んできた。
「はあっ、んふふっ、また、会えたね。僕のお姫様」
顔を煤で黒く染めた東雲千秋の目は、異常なほど見開き、私を見つめていた。
彼と私のそばで燃え続けているさゆりのことは見えていないのか、見向きもしない。
「もう一度だ。何度でも何度でも挑戦するさ僕は君をお姫様にするんだ」
彼の手が私めがけて、また伸びてくる。もう動く力は残されていない。
後ろからぐいと腕をつかまれ、座ったまま身体が引っ張られる。
キョウだった。
「頑張って立って。悪いけど、あんたのこと背負ったりできないから」
呆然としながら、ありがと、と口に出すとまた立てるようになった。
「誰だ、君。おいおい、僕からお姫様を連れて行く気か? そんなことさせるか」
東雲千秋の目が、睨むようにぎろりと動いてキョウを捉える。
私の手首を強くつかんだキョウは動じた様子を見せなかった。
「あっそ、何とでも言えば。僕はこのお姉さんを変質者のあんたから連れて行くから」
「どっかで見たことあるな、君」
「一応、この近くに住んでるからね」
「とにかく、その子を返せ」
小柄なキョウに向かって、振り上げられる東雲千秋の拳。
「やめてっ」
叫ぶのが精一杯だった。
「キョウくん、避けっ……」
キョウに彼の拳は降り下ろされはしなかった。
何もない虚空に拳を落とし、東雲千秋の身体は動かなくなる。
「何だこれ、身体が」
何が起きているのかわからないという顔つきでうろたえる男の背後。
さゆりがいた。白い全身をオレンジ色の炎に包まれながら、東雲千秋を睨みつけている。
二つのことが同時に起きてついていけない。
そうしているうちにも、さゆりの身体を包んだ火は徐々に足から腰へと上っていく。
なんで、と必死に繰り返している彼には、やはりさゆりの存在は感じられていないようだ。
さゆりの腕にも火が回る。燃える片腕は、東雲千秋の腕を掴んだ。
「なん、だよっ。これっ」
触られていることにも気づいていないのかもしれない。
「うあああっ、あ、ついっ」
ただ、熱いという感覚だけが彼を襲っているようだ。
何度暴れてもさゆりの腕は離れない。もがくのも虚しく、バランスを崩し倒れる東雲千秋の身体。さゆりはそのまま、自分より大きな青年の身体を壁に向かって引きずっていった。
もしかして、さゆりは。
「……千秋くんの方に向けたんだ」
「何を?」
キョウが驚いたように私を見る。
「怒りをよ。あの感じじゃ、さゆりの死体はとっくに地下で燃えてるんだ。だから、ここに出てきた魂だって燃えてるんだよ。火葬と一緒。これでようやくあの子もこの家からいなくなるんだ」
「ちょっと、何言ってるか全然ついていけないんだけど」
「それで、誰が本当に悪いか気づいたから、最後にあいつ諸共焼こうってことなんだ。そんな」
東雲千秋は悪い男だ。
だからって。
壁の奥の階段へ少しずつ引きずられていった彼の身体はもう腰までしか見えていない。煙を吸って失神したのか、ぴくりとも動かなくなっていた。
せめて、水があれば。
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