花嫁は、頭を巡らせました
最高傑作。実の家族にも歪んだ愛で虐げられた少女を騙して作った最高傑作。
反吐が出そう。
「高校生の時だったかな。僕も偶然壁の切り込みと回転扉を見つけたんだ。驚いてお祖父さんに問い詰めた。ちゃんと教えてくれたよ、地下室の存在、『その中にはお姫様がいる』ってことと、どうして彼女がこの家の地下で眠っているのか」
おぞましい過去を語り続ける千秋くんの影が、蝋燭に照らされてゆらゆらと揺れる。
「……それから何度も何度も通ったなあ。それぐらいあの子は綺麗だったからね。一度だけ本棚をずらして壁の切り込みを隠すのを忘れたまま、うちに呼んだ同級生忍び込まれちゃったことがあったけど、なんとかバレなかったなあ。なんか勘づいたのか二度と来なかったけどね」
図書館で読んだ実話怪談の「ゆうた」が体験した話だ。あのTとは、千秋くんのイニシャルだった。
「彼女、動くよね?」
そう聞いてみると、千秋くんはえっ? と目を瞠り、愉快そうに笑った。
「確かに今にも動きそうなぐらいいきいきしてるけどねー。あの子はもう動かないよ。笹野が完璧な魔法をかけたんだから」
「じゃあ、私だけなんだ」
「何が?」
「何でもない」
私がこの家に関わった女だから、私にしか彼女が動くところは見えないのか。そんなことは今どうでもいいか。
「それよりさ、あのはがきのこと隠してたでしょ?」
「私の引き出し、勝手に漁ったの最低だと思う」
「それはごめん、気になっちゃって。だけど、僕の父さんと由梨花のおじさん、友達だったんだね。何で教えてくれなかったの?」
「……さあ。言う必要ないかなと思ったから」
「何言ってるの、大ありだよ。なんであの二つを部屋の前に置いたかわかる?」
千秋くんの目が、不気味に細められる。
「何で?」
「僕と由梨花の間には誰にもちぎれない『縁』があったっていう大切な証拠だったからだよ。これは決められた運命だったんだな、ってわかって嬉しくなっちゃったよ」
「運命?」
「まさか、僕の父親と由梨花のおじさんが知り合いだったなんて思わないだろ? でも、あのハガキ見たときは嬉しかったなあ。出会う前から僕たち結ばれる運命だったんだなって」
そんなもの、あってたまるか。
「ま、星の王子様はさ、僕が盗ったものなんだけどね。縁と言っても、自分で掴み取らなきゃいけないものだってあるし」
悲しいけど、みのりの勘は当たっていた。
「最初カニカンごと取ったんだ。荷物、ひとまとめに座敷の方に置かれてただろ? 由梨花がトイレに行ってて、他の面子がくだらない話で盛り上がってる隙にさ。ああいう金具なんて簡単にとれるんだよ、みんなやらないだけで。金属ほどもろいものはないんだから」
「カニカンとストラップの金具は外しておいて、帰り道に私がよそ見してるときに、紐に戻しておいたってことね」
「正解。由梨花を一目見たときから決めてたんだ。絶対にこの子を僕のお姫様にするって」
「何で、私をお姫様にするの?」
「だって必要なんだよ、僕には」
「すでにあの子がいるでしょ? あなたのお祖父さんが殺したさゆりが」
「殺してない!」
千秋くんが血相を変えて、叫ぶ。
「やめてくれ、そんな言い方をするのは」
両手で頭を抱えて、激高した目で私を睨んだ。
「お祖父さんとさゆりは愛しあってたんだ。だから、彼女は全て身をゆだねて、魔法にかかったんじゃないか」
「そんなの、そっちの都合の良いこじつけじゃん。大体魔法じゃなくて、薬品でしょ。さゆりにかかってるのは。体内に入ってるの方が正しいのかな。ホルマリンとか、塩化亜鉛とか防腐剤の類」
一気にまくしたてると、千秋くんは悲しそうな顔をした。
「……はあ、もういいや。この話やめよう?」
「やめないよ。吉野さんに薬品盗ませたのは、あなたでしょう?」
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