彼女は、本当は自分が青髭の花嫁だったことを知りました

「家の外にしか置いてなかったから中はわからなかったけど、それだけで十分だよ。君が家の中にいるってことだけがわかれば。思った通り、ここ見つけてくれたし」

 燭台の明りで、神秘的なグリーンの瞳が細められる。

 手首が痛い。硬くてがさがさしたもので拘束されているのか、自由に動かせない。

「慌てないで、軽く縄で縛ってるだけだよ。縄の跡がついたら嫌だし」

 手さえ動かせれば、この状況でも少しはましになるはずなのに。

「ドレスのサイズ、ぴったりだね。目測で買っちゃったけど良かった」

「ドレス?」

 今日はトレーナーとジーンズを着ていたはずなのに、いつのまにか長袖のドレスを身に着けている。

 膨れ袖の古風なドレスだ。正直言って好みではない。

「由梨花が開けたがってた箱の中身だよ。僕がどうして見せたくなかったか、わかるだろ。どう良い繕えば良いのかとか、面倒だし。こうしてわかるときは来たんだからさ」

「こんな形でわかるとは思わなかったけど」

 皮肉は伝わったのか伝わってないのか何も言われなかった。

「それね、君が眠ってる間に着せ替えたんだよ。こうして言うと、お人形みたいだね。あ、でも勘違いしないで。元々着てた服は一度脱がせたけど、着替え以外のことはしてないから。そんな変質者じゃないから、僕。ははは」

 こちらは全く笑えない。

「それでどこなの、ここ」

「やだなあ、もう知ってるでしょ? 地下室だよ。書斎からしか入れない地下室。そこの一番奥」

 そう、地下室だ。私が偶然見つけてしまった、壁の向こう、禁断の地下室。

 周りを見渡す。右手には棚。左手には黒い箱。

 黒い箱にもう一度目が行く。あの箱には。

 二度見した私を見て、千秋くんがおかしそうにくっくっと笑う。

「もう見たでしょ? あのお姫様。本当に綺麗だよね。まさに芸術品だ」

 彼女を見て「芸術品」といえることに反発しか感じなかったが、何も言わないでおく。言い争ったりなんかして、ろくなことはなさそうだ。

「それにさ」

 彼の両手が私の頬をそっと包む。ぞっとして、全身の毛が逆立った。

「由梨花そっくりだもんね、あの子に。だからこそ、絶対君をお姫様にしようと思ったんだけど。ふふふ」

 この男は狂っている。いや、この家全体がだ。

 ずっと狂っていたんだ。愚かな私はそんなこと、気づきもしなかった。

「隠してたんだ、こことあの子のこと」

「もちろん。ここは大事な場所だけど、易々と人に見せるわけにはいかないからね。理解人は少ないだろうし。それに関わらず、由梨花にはいつか見つけてもらうつもりでいたけどやっぱり見つけてくれたね。嬉しいよ。心まで通じ合ってるんだね」

 フランスの童話に「青髭」というものがある。この家の書斎で読んだ御伽話の一つ。

 ある村の領主は、何度も何度も花嫁を娶っている。青い髭をしているから、彼の名は「青髭」。

 彼の妻が頻繁に変わるのには恐ろしい理由がある。歴代の妻たちは、青髭が「決して開けてはならない」と言った部屋を開け、自分が結婚する前に殺されていた女たちの死体を見てしまっていたからだ。そして、青髭はわざと妻たちの好奇心をくすぐって、部屋を開けるように仕向けている。

 私は今、青髭の花嫁だ。この後、無事では済まされない。

 何とか逃げなければ。話をして時間を稼ぎながら、考えるんだ。

 どんな手を使ってでも、逃げ出してやる。

 僅かな可能性に賭けて、両手もバレないように動かしてみる。片方だけでも自由になれればこっちのものだ。

「あの子が日記に書いてあったお姫様なのね」

「そう。僕のお祖父さんが唯一心から愛したお姫様、さゆり。笹野哲司の最高傑作だよ。永遠に美しいままのお姫様だ」

 千秋くんはうっとりした目で彼女が眠っている箱、棺を見た。

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