挿話4 ある日の井戸端会議
――あら、平井さんじゃないの。
――松山さんに岡野さん、久しぶりねえ。買い物の帰り?
――そうそう、お肉が特売で今日安かったから。松山さん、しばらく会わない間に痩せたんじゃない?
――やっぱりそう? 今年の夏は暑かったから、すっかりバテちゃって。
――まあ、それはよくないわねえ。
――夏で思い出したんだけど、聞いた? シノノメさんのとこのおじいさん、亡くなったらしいわよ。
――ええっ、本当? いつの話?
――一か月半ぐらい前のことみたいね。
――それはお気の毒にねえ。全然知らなかったわ。
――あたしもつい昨日知ったのよ。高校生ぐらいの男の子のお孫さん? いたわよね、一人。
――いたいた。なかなかの美少年だったわよね。
――あはは、言われてみればそうねえ。でね、その子が菊の花束持って家の前歩いてたからお墓参りですかって聞いたら、祖父の四十九日にーって。葬儀は自分とこだけで簡単に済ませたんでしょうね、あの感じじゃ。
――八月末には亡くなってたってことよね。私、八月ごろに杖ついてたけど一人でお出かけしてるとこ見かけたわよ。いつまでも元気そうだなと思ってたけど、人っていつ亡くなるのかわかんないもんねえ。
――ごめんなさい、そのシノノメさんってどなただったかしら?
――あら、知らなかった? この辺では有名な人だと思ってたけど。
――平井さん、半年ぐらい前にここに越してきたばかりだものね、知らなくても仕方ないわよ。
――そうねえ、こう言ったら悪いけど、そもそもあの人たちのこと避けてた節はあるからね、この辺一帯じゃ。
――まあ、どういうこと、それ? 言い方悪いけれど、村八分みたいなもの?
――さすがにそこまでじゃないと思うけど。でも、できる限りつき合いを避けたい人が多いと思うわ。こんなこと言ったらあれだけど、お付き合いしたらしたらで、変な噂が立つしねえ。元々あの人たちも向こうから寄ってくることなかったから、ちょうど良かったんじゃないかしら。
――あたしがここに来たときから、姑があそこの家の前通るたびにずーっと言ってるわ。あの家は呪われてるって。
――呪い? やあだ、そんなものあるわけないでしょ?
――信じてないわね。まあ、無理もないんだけど。だけどあの家、本当に普通じゃないのよ。あそこだけは「呪い」って言うものがあってもおかしくないと思うわ。
――へえ、あなたがそこまで言うなら、そうなのかもしれないわね。
――平井さん、シノノメミツルってご存じ?
――あら、名前しか聞いたことないけど。確か、京都の有名な美術館のデザインだか設計だかした人よね? 確か、シノノメ製薬の親戚とかもどっかで聞いたわ。もしかして、関係あるの?
――大ありなのよ。その人の兄がシノノメ製薬の創業者なの。なんかもう、家系的にも華麗なる一族って感じよね。かなり昔のことだけど、その人が自分の家として設計して、住み始めたけど何年もしないで自宅で変死したんですって。
――それだけならまだ、よくある話だとは思うんだけどね。その後に住み始めたのが、シノノメミツルの甥で、最近亡くなられたお祖父さんなんだけど、そこから先がおかしいのよ。
――そこから人死にが多いってことね。
――そうそう。そのお祖父さんが若かった頃に、一人息子を置いて奥さんが亡くなったみたいだし。息子さんが大きくなって結婚したかと思ったら、奥さんが病んじゃうし。
――元々、騒ぎの種になる夫婦ではあったみたいね。お孫さんができたのだって、結婚する前だったらしくて騒ぎになったわ。私が結婚する少し前だったかしら。
――今どきそれぐらいあってもおかしくはないけど、ひと昔前は騒がれたわね。ここら辺、古い人も多かったし。
――それでその奥さんの名前、何て言ってたかしらね。まだ元気な頃に何度かお会いしたんだけど、もう忘れちゃった。
――夏実さん、だったと思うわ。
――あー! そうそう、そうよ。夏実さん。いやね、あたしったら。
――結構前の話だし、仕方ないわよ。彼女、噂になったわね。シノノメさんとこのお嫁さんがおかしくなった、って。
――おかしくなった?
――そう、何て言えば良いのかしら。「家の中に知らない女の子がいる」って騒いだり、ヒステリックに怖がったんですって。それ以来、外には出なくなっちゃってたわね、夏実さん。
――その時のあの家には女の子なんていなかったのよ。奥さんと旦那さんに旦那さんのお父さん。あ、この間亡くなったっていうおじいさんね。あと、まだ物心ついてなかったお孫さんしか。
――じゃあ、夏実さんは幽霊を見てたってこと?
――あの人が嘘をついてたんじゃなきゃ、そういうことになるわね。でもそんな嘘ついたってしょうがないし、実際何かいたんじゃないかしら。あのおじいさんの奥さんも変な女の子を見てたってのも、お義母さんから聞いたことがあるわ。さすがにこれは都合が良すぎて嘘なんじゃないかとは思ってるけど。
――女の子の話、本当かどうかはわからないけど、気持ち悪いわねえ。
――そうでしょ。結局、夏実さんも病んでからしばらくして亡くなっちゃったのよね。
――ええっ。
――精神的にまいっちゃったのかしらね、玄関先で何か大声で叫んで飛び出したんですって。私が親しくしてもらってる近所の人がちょうど見てたの。それから、家からすぐの横断歩道でトラックに轢かれたのよ。後を追ってきた旦那さんも、助けようとしてそのまま。
――それはお気の毒ね。
――トラックの運転手も飲酒運転だったとかで、後で問題になってたわね。
――だから、あの家では四人ぐらい亡くなってることになるのよ、普通じゃないでしょ? だから、あの家は呪われてる、って。
――そんなことがあったのねえ。初耳だわ。
――夏実さんとは、何度か町内会のイベントのお手伝いでご一緒させてもらったけど、明るくてとっつきやすい人だったわ。だから、あんな終わり方をしたっていうのが今でも信じられないのよね。
――最後の方は全然会えてなかったから、あっけなかったっていうかねえ。あっけないなんて言い方するのも変なんだけど。
――へえ、私もその人に会ってみたかったわ。
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