これで、すべておしまいです
「あの男を助けようなんて、馬鹿じゃないのって思った」
「ごめん。あのときはどうかしてた」
「本当だよ」
火事の中、東雲千秋の身体を地下に引きずっていった超常的存在の少女を追うなんて、狂気の沙汰だ。追いかけていけたとしても、私だけでどう彼を連れ戻そうとしていたんだろう。
結局得たのは、やけどと一酸化炭素中毒による意識障害だけだった。
「キョウの方こそ、平気なの?」
「人のこと、心配してる場合?」
「だって、さゆりは君の親族なんでしょ」
ああ、とキョウは俯く。伏せられる長い睫毛。
「正直言えば今でも信じられないっていうか。自分が見たのは幻なんじゃないかなって思ってる節はある。まさか、あんな形でいるとは思わなかったから」
「君が言ってたこと、正しかったね。散々言ってごめん」
「いいよ、別に」
「これまでにキョウくんはさゆりの霊を見たことあるの?」
「あるよ。昔から霊感みたいなのあったから」
キョウくんは、小学生の夏休みに彼女に出会ったことを教えてくれる。彼らが親族だったから、巡り合ったのだろうか。
「それで思ったんだけどさ」
何かを思いついたキョウが、一瞬言いよどむ。
「さゆり、大叔母さんにも霊感みたいなの会ったのかなって」
「なんでそう思うの?」
「いくら薬品で防腐処置をしてたとはいえ、六十年もあんな綺麗な姿が保てるもんなのか不思議だったんだよ」
確かに。さゆりと同じような処置を施された世界で一番美しいミイラのロザリア・ロンバルドだって、少しずつ腐敗が進んでいるという。
「今から言うのは、机上の空論ね」
「うん」
「さゆりにも何かしら霊感とか素質みたいなのがあった。死後はその力を恨みつらみとともにこの世に留まらせ、肉体も魂も保持させてたとか」
さすがにないか、と首をひねる。自分で言っておきながら。
「私も思い出したんだけど。あの夜、うち来たよね?」
「えっ?」
吉野美月が人身事故に遭い、具合が悪くなっていたキョウと路上で会っていた夜のことだ。
「東雲家の家の庭の前にさ、来てたじゃない。逃げて、って言って帰ってったじゃん」
「なにそれ。幻覚でしょ」
キョウは嘘をついているような顔はしていない。本気で驚いている顔だ。というか、引いてる。
じゃあ、私が見たキョウは。
「……生霊だったのか」
「は?」
「吉野美月のことも見てたんでしょ?」
「何で知ってるの」
「刑事さんから聞いた」
事情聴取で吉野美月の話をしたとき、キョウが偶然彼女が突き落とされる瞬間を見ていたと証言したことを聞かされた。
「それでずっと心配してたキョウくんの魂が生霊になって、私のところに飛んできたのかなー、って」
「なわけないだろ」
「そうか」
わからないことは、わからないままでもいいか。
「とにかく、ありがとね。恭輔くんがいてよかった」
「……本名で呼ぶなよ、いきなり」
キョウの顔がまた赤くなる。
「それでこれから、どうすんの?」
「これからのこと?」
「そう。千秋さんもあの家ももうないじゃん。それにさ」
キョウが一旦口をつぐむ。
「しんどいだろ絶対、こんなことあったら」
ぶっきらぼうな言葉から、キョウが心配してくれているのが伝わってくる。何だかんだ優しい少年だ。
「そうねー、どうしよっか」
事件を知った桐雄伯父さんと母は一昨日、お見舞いに来てくれた。
やはり、母には散々どやされた。涙ながらに連続して飛んできた、だから言ったじゃないのとか、もうこれで凝りなさいという涙ながらの叱責がほとんどの中「生きていてくれて良かった」という一言が深く心に突き刺さった。これから先は、母の夢を少しは信じてもいいかもしれない。
動揺と不安が混ざった顔で伯父さんが口にした「俺のせいで危険な目に遭わせてしまった」という謝罪は一生忘れられないだろう。何も伯父さんのせいじゃないのに。
伯父さんは、落ち着くまで俺の家で暮らすといいとも言ってくれた。厄介になってしまうけど、お言葉に甘えるべきかもしれない。
「うん、まあ、何とかなるでしょ」
「楽天的すぎない?」
人生、どうなるかわからないんだから。
事件の後に思い出した「青髭」のラスト。青髭に追い詰められるも、妻は死ななかった。助けに来た兄や姉により、生還を果たす。
私の人生も、死ななかった以上こんなとこでは終わらない。
失ったものが多すぎるし「めでたし、めでたし」とはいかないだろうけど。
宮内さゆりの無念が晴れたかどうかはわからないけど。
ここで話は一旦終わりを迎えるのだろう。
「今からくよくよ考えてもしょうがないって」
「あっそ。あんたがそう言うならいいけど」
キョウは優しく微笑んだ。
御伽噺屍 暇崎ルア @kashiwagi612
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