挿話6 少年の見たもの
家族と些細なことで喧嘩をし、外をうろついていた夜だ。夜風に当たるのは気持ちがいいから、気分も落ち着く。
二階の窓から顔を覗かせている彼女を見た。
よりによってなんでここに住むことになったんだろう。
あなたが今いるのは怖い家なのに。
そう言いたかった。
初めて彼女の顔を正面から見たときは、ぞっとした。
昔見た少女とあまりにも似すぎだった。生き写しだと思った。
ぼくの話を彼女は信じなかった。当然のことかもしれない。
呪いなんて信じられるはずがない、普通の人間ならば。
あの日、電車になんて乗らなければ良かった。
地元の書店では買えない好きな作家のサイン本といえど、あんなものを見るぐらいだったらわざわざ遠くまで買いに行ったりしなかった。
帰宅ラッシュでざわつき始めた、帰りの電車のホーム。
反対路線の電車のホームに向かってアナウンスが流れる。間もなく、一番線に電車がまいります。黄色い線の内側でお待ちください。
電車を待つ乗客の行列の先頭で、見覚えのある顔を見た。彼女の恋人。あの家の青年。
彼の手は、目の前にいた女性の背中を押した。
ピンクのガウンを着ていた女性はたたらを踏んだ直後、線路に落ちた。
パニックになるホーム。止まらない電車。阿鼻叫喚。
一体何人の人が見ていたのだろうか。あの男が女性を突き飛ばす瞬間を。
電車に揺られているのがやっとだった。眩暈と吐き気を我慢しながら。
道端で彼女と会った。彼女が探していた女性が、ホームに突き落とされた女性だったことを知って、ついに胃の中のものを戻してしまったぼくを、彼女は介抱してくれた。
帰り際、伝えたかった。
逃げて。あなたのそばにいる男は危険だ。
その夜も外をほっつき歩いていた。
何も考えず歩いていたら、あの家に来ていた。
火が見えた。正門とは真逆、昔ぼくが宮内さゆりを見た窓がある部屋。
――抱っこされてる赤ん坊が俺だ。
小さな白黒の家族写真を見つめていた子供のころのぼくに、おじいちゃんは苦しそうに告げた。
その隣には、黒髪の少女がいる。
写真からでも伝わる艶のある長い黒髪。口元のほくろ。
――その隣の女の子が、俺の姉さんだ。
――恭輔、お前の大叔母さんだよ。
――実感は沸かんと思うがね。
そして、悲しく笑った。
おじいちゃんの旧姓は「宮内」。でも、おじいちゃんは婿に入った。「宮内」という姓が、自分の家族が嫌になったから。
だから今は倉持だ。孫のぼくも。
あの家にはぼくの大叔母さんがいる。
何十年経った今でもまだいる、と不確かな自信があった。
柵を乗り越えるのは簡単だった。誰かに見られても構いやしないとさえ思った。
火の粉が爆ぜる、今燃えつつある部屋の中に、いた。
自分と瓜二つな彼女を手にかけた、大叔母さんの姿が。
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