挿話2 レコーダーの記録

 いきなり呼び出して、誰かと思ったら雄さんとこのお孫さんじゃないか。いやあ、大きくなったなあ。みや……おっとすまんね、今は違ったな。倉持一家とは最近会えてないが、お父さんとお母さんも元気か? そうかそうか、良かった。健康が何よりだよ。医者やってたから一番身に染みてる。

――なに? 記録のためにレコーダーを回してる? ああ、いいとも。最も、おれの話にどれだけの価値があるかは保証できんけどな。はっはっはっは。

 本当に久しぶりだなあ。おれのこと覚えてるか? おお、覚えててくれたか、最後に会ったのはいつだったっけ? 確か、うちの病院の隣の薬局だった気がするよ。おれはいつもの血圧の薬をもらいに来ていたんだったかなあ。そのときに雄さんとちょっと話したけど、君が風邪ひいたとか言ってたなあ。何? ……ああ、そうだな、確かに関係ない話だったな。はっはっはっは、すまんすまん。

 しかし、本当に大きくなった。そりゃあ、雄さんも年取って死んじまうわな。月日が経つのは早すぎる。おれもそろそろかな。

 おっと、こんな話ばっかりしててもしょうがないよな。じゃあ、君が聞きたかった話をするか。

 えっと、知りたいのは何だったっけ? ほうほう。

 ……ううむ、千鶴子さんのことか。懐かしい名前だな。千鶴子さん。うんうん、そうだな。あの人は、文成さんと結婚したんだ。あの特別でかい家だな。門も庭もあって、城みたいな。おれもあんな家に住んでみたいと思っていたよ。

 あの二人がどこでどう知り合ったのかは知らんな。文成さんはそれまで仕事一筋みたいな人だったから。気が付いたら、千鶴子さんが嫁いできてた。そんな感じだよ。

 しかし、綺麗な人だったなあ。旦那の文成さんの方も美男だったし、美男美女夫婦だったって言うべきか。そんなことは、どうでもいいか。

 文成さんのことは、その前から知ってたよ。おれと年も近かったしね。あの人は、高校生ぐらいのころに、この辺に越してきたんだ。おれも高校生だったな。通ってる学校は違ったが。

 人の家庭に口出すみたいで悪いんだけどね、特殊な家庭だったみたいだな。中年の男と若い娘二人と住んでた。どうやら、その二人は使用人だったみたいだが、その人たちも独特というか、庭仕事なんかしてるとこ見たことあるけど、近寄りがたい雰囲気はあったね。

 文成さんも人付き合い良い方ではなかったな。いつも家にこもってる感じ。

 千鶴子さんの話に戻るか。

 会ったのは数回ぐらいかなあ。おれが医者だったって話はさっきしたよな? そうそう、辻岡クリニックだ。今は倅が継いでくれてるけどな。初めはおれが開業したんだ。大学病院で何年か勤務医やった後に、独立したって感じか。

 昔は往診とかよくやってた。年取ってからはそんなことする気力もなくなったからやめてしまったがね。

 千鶴子さんと顔合わせてたのは、そのときだよ。

 彼女、心臓が悪かった。でも、激しい運動とかするのは避けるようにしてれば大丈夫だったんだ。実際、いつも元気そうだったよ。家事とかは普通にできてたようだから、おれも問題ないとは思ってたんだ。ときたま、熱を出したとか、蕁麻疹が出たとかで往診に行くことはあったがね。それだけだよ。

 だからさ、千鶴子さんが亡くなったって聞いたときはぎょっとしたね。なんであの人がいきなり、ってさ。そのときにはもう、息子の和也くんだっていたんだぜ。まだ二歳だった。可哀そうな話だよな。

 亡くなったのに気づいたのは、一緒に住んでる文成さんだ。朝起きて隣の布団を見たら、冷たくなってたんだそうだ。薬とか毒を飲んだとか、手首を切ったとかはなかった。病死だよ。夜中に心臓が止まっちまってたらしい。

 だけど、心臓が悪いといえどそんないきなり死ぬなんてものではなかったんだよな。さっき言った激しい運動とか、過度な精神的負担、今でいう強いストレスとかよっぽどのことがない限り大丈夫だったんだ。

 だからさ、変な話「旦那さんに暴力をふるわれてたんじゃないか」とか千鶴子さんが亡くなってから噂になったんだよ。夫とはいえ、奥さんが亡くなってすぐ警察から事情聴取とかされたみたいだしさ。あの人、性格が悪いってわけではなかったけど、顔つきがなんとなく怖い人だったからとやかく言われやすい人だったってのもあるんだけどね。

 でも、結局そうではないってわけだったんだ。

 原因はわからないが、夜中に心臓が止まった。それで終わり。

 うん、そうだな。人はあっけなく死ぬもんだ。だから、君も毎日を大事にして生きるんだぞ。なーんて、おれが言うまでもないか。はっはっは。

 で、後はなんだ。……あっ、ちょっと待ってくれ。いや、大したことじゃないんだが、一つ思い出したことがあってな。

 さっき、千鶴子さんの往診に何度か行ったって話をしたな? あの人が亡くなる前に最後に往診に行ったのが、亡くなる二週間前だったんだ。

 何でも「少しだるそうだから、見てほしい」って旦那さんから電話があってな。

 駆け付けたら、寝室で千鶴子さんが寝てた。話しかけたら、返事はできるけど顔色は悪かったな。紙みたいに真っ白だった。脈と心拍数を見てみたら異常はなかったし、軽い貧血だろうと思って、貧血の薬の処方箋を出した。

 おれの記憶に引っかかってるのは帰りのことなんだ。処方箋も出し終わって、失礼します、って立ち上がるだろ?

 向こうもおれの顔見てありがとうございました、って挨拶したかと思ったらさ。こっち見ながら、あら、って大きな声出したんだよ。目、大きく見開いてさ。

 なんか気に障るようなことしちまったかなと思って、どうかしました? って聞いたらさ、千鶴子さん泣き始めたんだ。涙、ぽろぽろぽろぽろ流して。本気で何かやっちまったって思ったね。医者やってて、あれほどうろたえたことそれまでもその後にもなかったな。

 わけわからんまま、なだめようとしてわかったよ。

 視線がさ、おれの方見てなかったんだ。おれの方とか顔見たと思ったのは、思い違いだったんだ。

 あの人はおれの背後を見てたんだ。

 そんで、妙なことを言ってた。一回しか聞かなかったけど、あまりにも変だったからか覚えてるんだよ。

 後で会うから今は来ないで、お客さんがいるから、とか言ってたな。

 意味? 知らないねえ。お客さんっていうのは、おれのことだったんだろうとは思うけどな。

 ともかく、肝が冷えたな。特別おれは怖がりってわけじゃないって思ってるんだがね。

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