第24話
「方法はともかく、いずれ胡椒ロードの調査はするつもりです。しかし、それは今するべきとは思えませんし……いまの作戦を終了してからですね」
イサムは自分に確認するように言った。
「オレ様はいつもヴィヴィアにお小言をもらったのだが……いつかやろうは良くないぞ?」
リーンがそんなことを言った。
胡椒ロード調査に乗り気なのはイサムだけなのに、リーンがその背中を押すのは不思議なことと言えた。しかし、そんなリーンをヴィヴィアはニコニコと眺めている。
「……良いんですか?」
不思議そうにイサムはリーンに訊いた。
「んあ? ああ……良いも何も……イサムは間違えているのだ。この世界では二、三年……場合に拠っては十年ぐらい旅をしたり、外国で暮らしたり……いわば人生の寄り道をするのは珍しくないのだ。……まあ、オレ様のように貴族に限ってのことだがな。移住をしようだとか、生活の基盤を移そうとなれば問題あるが……」
感覚の違いとでもいうべきものを語るリーン。
イサムは驚いて何かを言いかけたが……途中で自己解決したのか、何も言わずに何度も肯いている。
「だから、オレ様は数年ぐらいイサムの手伝いをしても問題ないのだ。本当なら領地の経営やら貴族の義務やらあるのだが……まあ、それはそれなのだ」
自分の領地を思い出したのかリーンはばつが悪そうに続けた。
「なるほど、僕が思っていたよりずっと、胡椒ロードの調査や実際に旅するのも無しではなかったんですね」
考え込みながらイサムは言った。
「そっちの方はどうなのだ? 何かアイデアを思いついたのか?」
身を乗り出してリーンは訊いた。
「取っ掛かりはあるんですが……。どうやら隣りの国に瓜が伝わっているらしいんですよ。まずはそこが最初の手がかりですね。胡椒が輸入できている以上、商人から事情を聞くのも当然ですが」
イサムは難しそうな顔で考えを述べた。
「うーん……なんというか……地味だな!」
思わずリーンは失礼な感想を返した。
「まあ、要するにまずはこの国と近隣の国の調査から……世界地図とまで言わなくても、少なくともこの地方の地図入手から開始ですからね」
そう言ってイサムは苦笑いをした。
世界的に中世の時代、地図は軍事機密である。所持しているだけで罪に問われるのは珍しいが……所持している者たちは軍事機密として扱っていたということだ。
それに貴族ですら詳しい地図は自分の領土と境界線周辺しか持っていない。その詳しい地図ですら現代の基準では大まか過ぎる大雑把なものだ。
かろうじて国内地図といえるものは、各領地名と大まかな位置関係が解る程度でしかない。それですら大変貴重なものだ。国同士の大雑把な位置関係が解る地図など国家機密レベルと言えた。
「地図はなぁ……イサムがメモした地図ですら貴重品なんだぞ?」
リーンが意外な指摘をした。
彼らは魔王軍の侵攻ルートを海岸線まで逆に進軍した経験がある。魔王軍を討ち破った後は少数の精鋭を選りすぐり海を渡って魔族の島へ、島に着いた後は魔族の本拠地まで旅をした。その記録は貴重品に違いなかった。
「ええっ? 僕のメモじゃ……いくつかの都市の名前と位置関係……それに移動時間から逆算した大雑把な距離しか解りませんよ?」
流石のイサムもビックリしたようだった。
「この国の言葉で書き直せば十分に価値があるぞ。売り出したら流石に王から待ったがかかるだろうが……他の地図を持っている奴と写しの交換は十分に可能だぞ?」
「でも……海岸線までは軍隊と一緒だったんですから……兵士さん達とか……指揮をした貴族や騎士達だって同じものが作れるでしょう?」
「いやいや……可哀想だが……兵士達は魔王軍と戦っていることしか理解してなかったと思うぞ? 自分たちがどこにいるのかすら解ってなかったと思うのだ。貴族や騎士も……半分くらいは似たようなもんだぞ。貴族や騎士である程度は理解できている奴も……そいつが字を書けるか解らないのだ」
呆れたようにリーンはイサムの考えを訂正した。
「ああ、そうか! 王族や貴族ですら文盲の人が多かったんだ!」
イサムは自分の知識とリーンの言い分をすり合わせたようだった。
イサムとリーンが会話するとたまにこのようなことが起きる。イサムは『全知』や自分が元々持っていた知識で色々なことを知っているが、リーンは実体験として色々なことを理解している。その差がでた一幕といえた。
「オレ様が思うに……地図を探すより、実際に現地へ行った者を探す方が早くて確実だと思うぞ。この世界は基本的に読むより人に聞いた方が早いのだ」
「うーん……そうかもしれません。王都にいる商人に聞き込みをする方が地図を探すより良いかもしれませんね。その過程で隣りの国の名前や大雑把な位置関係はわかるでしょうし」
「その程度でよければオレ様でも少しは解るぞ? 羊皮紙はあるか?」
そう言うとリーンは受け取った羊皮紙になにやら書きはじめた。
リーンはまずはじめに羊皮紙の中央にこの国の名前を異世界の言葉で書いた。その書いた名前を丸く線で囲む。
「北はイサムも解るだろ? 海になっててその先に魔族の島がある」
そう言ってと丸く囲んだ線の上の方に『海』とやはり異世界の言葉で書いた。その『海』の上に『魔族の島』と書いて丸く囲む。
「西の方に二つ国があるんだ。その国は……何て言ったかな……」
そう言って詰まるリーンにヴィヴィアがそれとなく教えた。
「そうそう、この国とこの国――」
そう言いながら名前を書き込み、中央の丸い線とつながる様に線で囲んでいく。
恐ろしく簡単な地図だったが、これだけで『魔族の島』を含んだ四つの国の位置関係は解るものだ。
「あとは解らない。名前だけ知っている国はまだあるのだが……位置は知らない」
そう言ってリーンはペンを置いた。
「失礼します」
ヴィヴィアはそう言ってペンをとり、羊皮紙に二つほど国名と線を書き加えた。それに鷹揚に肯くリーン。
「……どこかで地図を見たことが?」
そんな二人にイサムは訊いた。
「いや、ないぞ? この尺度の地図……これを地図と言っていいのか悩むけど……こういう地図が存在するのかすら知らないのだ。もしかしたら王家や大貴族の家宝に似たようなのがあるかもな」
リーンはそう答え、傍らのヴィヴィアも無言で首を振った。
「なるほど、実物としての地図は無くても……頭の中にはあるわけですね。二人ともおそらくは……日常会話か何かからこの情報を得たんでしょう。ありがとうございます! 取り掛かりとしては十分です! この調子で聞き込みをすれば……地方地図の雛形ぐらいは作れるでしょう」
「それじゃあ……みんなで手分けして聞き込みか?」
役に立った実感が湧いたのか、嬉しそうにいうリーン。
「いえ。聞き込みはある程度までは一人で行ったほうが良いでしょう。それに……まだ現状で試したいことが残っているんですよ」
イサムは思いがけない返答をした。
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