第20話

「まず、豆を一昼夜水に漬けることからはじめます。きちんと水分が浸透していないと、後で発酵させるときに困るそうです」

 そうイサムは説明をはじめたが――

「いまから漬けるのかよ! 朝から台所に集まる必要ねーじゃねぇか!」

 肩透かしをくらったコウがツッコミをいれた。

「いや、流石にそれは準備しておきましたよ」

 イサムは呆れ顔で言い返した。

 朝から彼らは離宮の台所に集まっていた。彼ら四人の他にキャニーとティサンも集められている。そして全員、白い割烹着の様な、科学者の白衣の様な服を着ていた。もちろん、一度煮沸消毒したものだ。

「次に煮ます。目安は指で簡単に押し潰せることらしいです」

 イサムは次の工程の説明をはじめた。

「ふむ……それはどのくらいなんだ?」

 クローが質問した。

「それはお二人が帰ってくるまでに調べてあります。大豆に比べてかなりの短時間で済みました。大豆は五時間くらいかかるそうですから助かりますね。そろそろ茹で上がりです」

 料理人に合図して笊にそら豆を上げてもらうイサム。

「次に平らな容器にそら豆を広げて……ここで麹室の近くに移動してしまいましょう」

 容器を捧げ持つようにしてイサムは移動を始めた。

「意外ときっちり水切りしないんだな?」

「ここで水分を残しておくのがコツと思われます。麹菌がないので大目くらいが良いと思いますね」

 クローとイサムがそんな会話をしているうちに、麹室のある広間に到着した。

「狙う温度は三十六度かやや低いくらいです。四十度以上になると納豆菌が、六十度以上になると乳酸菌が活発になるので良くありません。とりあえず三十六度を絶対超えないが目安で良いと思います」

 イサムはしゃもじでそら豆をひっくり返しだした。同時に適当な場所に三十六度計を差しておく。

「三十六度弱になったら麹を振りかけるのですが……ないので冷ますのを兼ねて空気と攪拌します」

 話しながらもイサムは熱心にそら豆をひっくり返し続けた。

「菌は豆の内部より水分中の方が培養されやすいそうです。ですからイメージ的にはソラ豆についた水分に麹菌が付着、十分に培養されきったあたりで表面を乾燥させる感じです」

「乾燥するとどうなんだ?」

 コウが質問した。

「乾燥すると麹菌は水分を求めてそら豆の内部へと移動します。これが種付けと呼ばれる工程ですね」

 しばらくイサムは三十六度計を睨んでいたが――

「こんなものかな? 三十六度弱になったら麹室に入れます。この麹室は予め三十六度弱に調整しておきました」

 そう良いながらイサムは麹室に用意しておいたテーブルの上にそら豆を置いて、麹室の扉を閉めた。

「運よく麹菌が付着していれば……完成とは言いませんが、目鼻はつきます。今回の場合、この部屋の中に麹菌がいれば成功ですね」

「んあ? このあとどうするのだ?」

 リーンが訊いた。

「きちんとした麹菌を持っている場合でも二日かかりますから……僕らはそれ以上を覚悟するべきでしょう。でも、まあ……一時間おきくらいに様子を見ますか」

 彼らは小まめに様子を見て、味見――もちろん、その度に『毒物判定』の魔法を使った――をしたりした。

そして夜になった。

「うーん……これは……」

「そうだなぁ……」

「何も変わっていないぞ?」

 コウとクローが言い難そうにしていたのをリーンがずばり言った。

「そうですね。これは失敗です。麹菌もいなかったが、他の菌も培養されなかった。そう言う結果ですね」

 あっさりとイサムは認めた。

「ショックじゃ無いのか?」

 クローが心配した様子で言うが――

「ショックといえばショックですが……いきなり成功するとは全然考えてませんでしたから」

「まあ、それもそうか……。基本的にはこの方法で何度もやんのか?」

 イサムの言葉に納得したのか、コウは予定を訊いた。

「そのつもりです。色んな場所で……場合によっては麹室を移動させてですね。でも、明日はチーズ工房でもらったカビで試しましょう。失敗しても発酵したときのサンプルが取れると思います」

「うえ……もしかして……まだ勝負は始まったばかりなのか?」

 イサムの言葉にリーンが泣き言を言い出すと――

「当たり前じゃないですか」

 とイサムは驚いた口調で返した。

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