第21話

「ここで菌を振りかけます。このカビ菌にとって三十六度が最適なのか不明ですが……まあ、麹菌の親戚と仮定しています」

 そういいながら三十六度弱まで冷めたそら豆にカビを振りかける。振りかけるといってもガーゼで包んだカビを上下に叩くように振っているだけだ。

「なるほどな。実際にはカビ菌は目に見えないんだから、その程度でも振りかかってるわけだ」

 クローが関心したように言った。

「あっているかどうか解りませんよ? これは稲麹で造るときのやり方です。あとは昨日と同じく、麹室で放置ですね」

 そういいながらイサムはそら豆を麹室にしまった。

 昨日と同じように彼らは小まめに様子を見たが――

「昨日と全然違うな。少し水分が粘質になってないか?」

 クローが感想を述べた。

「これは……カビの精が育っている……証拠かもしれません。チーズと違うので……言い切れませんが……」

 控えめにティサンも感想を述べた。

「豆がねばねばか……いまいちオレ様は……」

 そんなことを言うリーンは納豆が嫌いなのかもしれなかった。

「三十六度くらいで培養できる菌だったみたいですね。運がいいのかな?」

 とイサムは言ったが言葉とは裏腹に、上手く行き過ぎていると感じているようだった。


 夕方にはそら豆が乾燥してしまった。昨日と全く違う結果なのがカビの性質によるものなのかは誰にも判断ができない。

「……精がはいっただ」

 キャニーがそんなことを言い出した。

「精?」

 コウは愛人に訊き返した。

「コウ様、これを見るだ。この豆に精が入ってるだ」

 キャニーが摘み取った粒を良く見ると、僅かに表面が割れるように何かが亀裂状に入っていた。

「なんだ……この亀裂? イサム、解るか?」

 コウは見せられても意味が理解できなかったようだ。

「これは……おそらく、菌が種付けされた結果です。日本酒の杜氏は目で判断できるそうですが……こういう意味だったんですね」

 驚いた表情でイサムは言った。

「確かに……豆に精が……宿りました」

 ティサンも驚きつつ同意するが……目は三十六度計に釘付けだ。

 チーズ造りは温度管理が重要技術の一つであるが、それを容易くやってのけたことではじめて理解できたのだろう。

「おお! いい感じだな! これは成功か?」

 リーンは大喜びして言った。

「まだ解らんな。食べてみるか?」

 リーンを窘めながらも、クローも嬉しそうだ。

「待ってください! 食べちゃダメです! 今回は明確に発酵しているんです! 『毒物判定』が先です!」

 イサムは食べようとしたコウの手からそら豆を叩き落した。

 チーズに付着させて食用に耐える……どころか美味しくなるカビであっても、豆を発酵させても食用に耐えうるかは別の話だ。ほとんどは平気であるが、時に猛毒になっていることもある。

「そ、そうなのか?」

 イサムの強い態度に腹が立つより驚くコウ。

「……一応、クローもやっとけ。オレ様にこれは毒だ」

 がっかりした口調でリーンが断定した。

 それを聞いてクローも呪文の詠唱を始める。クローはリーンと違い呪文の詠唱を省略して魔法が使えないからだ。

「……毒だな」

 クローも同じ結果を皆に伝えた。

「良かった……いえ、良くはないのですね。とにかく、誰も食べないで良かった。これは廃棄処分しましょう」

 そうイサムは締めくくった。

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