第22話

 チーズのカビでの失敗は四人に強いショックを与えた。

 しかし、大きな収穫もあった。

 全く同じとはいえないだろうが、発酵が上手く進んだ例が解かったからだ。

 ある程度ノウハウが解れば手分けして試行する事ができるようになる。また、平行して試行するのも不可能ではない。彼らは日にいくつもの挑戦をはじめた。

 実験場所の選定も多岐に渡った。

 ワイン倉、ビール倉、穀物倉庫、小麦畑、ライ麦畑、大麦畑……時には厩や何年も使われなかった部屋などでも試した。とにかくありとあらゆる場所で試した。

 しかし、結果は芳しくなかった。

 まず言えるのは、とにかく全く発酵しないことだ。

 確率的に言うと五割以上――イサムは彼らしくきちんと記録を取っていた――が何の変化も起こさなかったのだ。

 発酵したものも毒にしかならなかった。

 唯一の例外はあったが味が到底醤油や味噌の元と感じ取れないもの……どころか食品としてすら疑うレベルの物だったのだ。

 計画は暗礁に乗り上げていたし、再考の必要性があった。

「どうする?」

 クローの発言から会議は開始した。

「どうするもなにも……他に方法が無ければ続けるしかねえんじゃねえか?」

 コウは暗い表情で答えた。

「いくつか代案と言いますか……他の方法も考えてはあるんですけど……大豆を探すのと大差ない方法しか……いまのところは」

 イサムは申し訳無さそうに告げた。

「ここの昔の人が味噌を造ってれば問題なかったのに……」

 リーンが見当はずれな恨み言を言った。

「えっ?」

 イサムはリーンの言葉を訊きなおした。

「昔の人が造ってれば良かったと言ったのだ!」

 八つ当たりなのかリーンの語気は荒かった。

「……そうか。造れるなら昔の人は絶対に造ってたはずなんだ……。いままでの結果から言うと……この地で茹で豆は永遠に茹で豆のままか、痛んで毒になるか、死にはしないけど不味くなる……だから味噌類は発明できない……」

 イサムは何かに気がついたようだが、その表情は暗かった。

 三人はイサムの呟くような言葉を半分も理解していないようだったが、先行きが暗いのは理解できたようだ。

「一応、聞いておきたいんだが……他の方法ってのはどんな方法なんだ?」

 それでもコウは方針を決める立場だ。会議を止める訳にはいかない。

「……麹菌や麹菌の親戚から有用な菌を捕まえれなかった場合のプランは二つ考えてあります。ひとつは乳酸菌類の調査です」

 イサムは重々しく説明を始めた。

「乳酸菌類? あー……もしかして、干し葡萄やビール酵母に手をつけてないのは……それが理由か?」

 クローが訊いた。

「そうです。果物酵母やビール酵母は乳酸菌類と思われるので……いまの方法は適してないと考えています。適切な温度がまるで違いますからね」

「なら! その乳酸菌を試すべきなのだ!」

 完全には理解できてなさそうだがリーンが難しい顔で言った。

「すいません、ちょっと手抜かりなんですが……まだ、六十度を測る方法を閃いていないんですよ。確実に六十度か……それに近い温度と断定できる現象があればいいのですが。それに、それが解決しても問題点があるんです」

「……それが大豆を探すのと大差がない理由か?」

 コウがイサムを促すように訊いた。

「そうなんです。醤油や味噌と同じ味にしてくれる乳酸菌が実在するのかどうか解からないんですよね」

「あるのか無いのか解からないものを捜索か……たしかにきつい。というか……大豆探しの方が明確なゴールがあるから楽かもな。乳酸菌はどのくらいの種類があるんだ?」

 クローはイサムの考えに同意しつつ訊いた。

「乳酸菌というのは俗称で……科学的な区分じゃないんですよね。ここでは高温で活発に繁殖する菌として扱っていますが……数となると……」

 イサムは申し訳無さそうに答えた。

「も、もうひとつの方法は? もう一つの方法!」

 縋るようにリーンがイサムに訊いた。

「それが……もう一つの方法は稲の捜索です。稲と麹菌は密接な関係にあるようですから……稲があれば問題解決できるでしょう」

 しかし、それは既に検討済みの問題だった。それが容易では無いから、彼らは違う方法を採ったのだ。

 四人は言葉無く項垂れるしかなかった。

「よし! まず、イサムは乳酸菌か稲のどちらに勝算があんのか考えろ。乳酸菌の場合は方法も込みだ。稲の場合は最初に何をすんのかだけでもいいから……取っ掛かりくらいは考えてくれ。それが終わり次第、この方法……麹菌を探す作戦は終了だ」

 沈黙を破ったコウを三人は驚いた顔で見た。

「なに驚いてんだ? お前らこれで諦めんのか?」

 逆に驚いた顔でコウは三人を見返す。

「イサムが考えている間、俺たちは今の作戦を続行だ。可能性はゼロじゃないんだし……俺たちはイサムみたいに作戦を考えらんないしな。それとイサムに協力を求められたらそれを優先な。イサムも作業より作戦を考えんのを優先しろ。ああ、麹菌を探す作戦は終了させんだから……イサム、現状で他に試したいことは急げよ?」

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