第36話
「それにしても……多い!」
リーンは広間を見渡して言った。
広間には五つの麹室が支度されていた。使用していない小屋は部屋の隅に寄せられているのだから、五つの菌を培養しているのが理解できる。
「いまは白鳥の池で採取したのと口噛み麹の三種類を選別していて……それとリーンが召喚してくれたものですね」
「選別? いつのまにか新しい方法なのだな」
不思議そうにリーンは訊いた。
彼は儀式にかかりっきりで聞いてなかったのだろう。
「あー……詳しくは俺もさっぱりだが……繰り返すことで毒だったのが毒じゃなくなる可能性があんだと。……クローがいちゃいちゃしながら採ってきた奴は毒だったしな」
多少、コウの言葉に恨み節が混ざっているのは、ケマ姫にきつくお灸を据えられたからだろう。
「……しかし、本当に毒と分けることができるのかな?」
さり気なく話題の方向修正をしながら、クローが疑問を口にした。
「うーん……発案しときながらアレなんですが……いまいち原始的過ぎる気もするんですよね。試してみないとなんとも……」
イサムも疑問はあったらしい。
「なら、調べりゃいい。そろそろ味見してみようぜ? ……毒じゃなきゃな」
「それもそうですね。……いまここに持ってきますね」
コウの提案を受け、小皿を持って麹室に向かうイサム。自分だけが移動することにしたのは、椅子に座るリーンに配慮したのかもしれない。
「まず、白鳥の池で採取したものを……お願いします」
戻ってきたイサムはそう言って、テーブルの上にそら豆を少し盛り分けた小皿を置いた。
「オレ様には大丈夫だぞ」
呪文の詠唱をしているクローを尻目にリーンが答える。
「うん。俺たちにも大丈夫だな」
詠唱を終えたクローも続いた。
「じゃ、喰ってみっか!」
コウの言葉と共に四人はそら豆を摘んで口にした。
三人は口にしたとたんに変な顔をした。イサムだけは驚愕の表情だ。
「んー……これは……失敗……か?」
首を捻りながらコウが言った。
「失敗かな……でも……なにか懐かしい感じも……」
「クローの言う通りなのだ。これは何だか……懐かしいし……美味くないか?」
三人は考え込んでしまった。食べても判断がつかなかったようだ。
「これは……おそらく……アミノ酸です!」
そう言ったイサムの目にはうっすらと涙が浮かんでいて、三人を驚かせた。
「イ、イサム? ど、どうかしたのか?」
代表してリーンが恐々と訊いた。
「あー……すいません。アミノ酸というのは……ちょっと待ってくださいね」
目を拭いながらイサムは言うと、別のテーブルから小さめ壷を持ってきた。
それは作戦の最初から用意していて、いままで一度も使用されなかったもの――塩が入っていた。
慎重に残った味見用のそら豆に振りかけ――
「……どうぞ。試してください」
とイサムはみなに勧めた。
奇妙に感じながらも三人は再びそら豆を口にする。
「こ、これは?」
「醤油? いや、味噌か? どちらでもない気もするが……」
「とにかく旨いのだ!」
三人は驚きの声をあげた。
「麹菌が醗酵の際に生成する成分の一つ、アミノ酸の味です。つまり……あのサンプルには麹菌がいます!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます