第28話

 夕方、イサムはコウとクロー、リーンそれにキャニーとティサンを離宮の広間に集めた。

「んあ? できたらオレ様は儀式の準備をしたいのだが……」

 珍しくリーンは不平を言った。

「それは明後日からにして下さい。先に麹造りの後半を説明したいと思います」

「そう言えば麹造りは二日かかるのに……この先を知らないな」

 驚いた顔でクローは言った。

「今日のところはたいした作業じゃ無いです。これから切り返しという作業をします」

 全員で麹室の一つに集まっていて、かなり狭苦しい。そしてテーブルの上には口噛み麹……朝のうちに三人が噛み砕いたそら豆が目の前にある。

「……醗酵している。予想通りだが……なんと言うか……」

 クローは嫌そうに言った。

「……まあ、とっとと終わらせちまおうぜ?」

 元気なくコウも続いた。

「で、何をするのだ?」

 リーンはイサムに訊いた。

「床返しをします。要するにひっくり返すだけですね」

 そう言いながらイサムはヘラで口噛み麹をひっくり返しだした。

「うん? これなんて乾いてくっついちゃってないか?」

 クローが塊になっていたそら豆を指差した。

「ああ、それ良くないそうです。指でほぐしてバラバラにしてください」

 作業をしながらイサムは答えた。

「う、うん……」

 クローは元気なく言って、しぶしぶと塊をバラバラにしだした。

「……湯気が出てるな」

 コウも元気なく言った。

「醗酵の結果ですね。この熱が篭ると良くないのでひっくり返す感じです。明日の朝にもう一度同じ作業をして、こんどは……昼下がりに別の作業をします」

 作業をしながら、イサムはそう話を締めくくった。


「醗酵による熱が篭るのでそれが均一になるようにします。床返しと同じように塊はほぐしながらですね」

 翌日の昼下がり、集まった面々にイサムは説明した。

「ポイントは四十度を超えないこと。冷ましすぎないことじゃないかな」

 自信なさげにイサムは続けた。

「……四十度……とは?」

 ティサンが控えめな口調で訊きなおした。

「四十度だと……高熱で苦しいくらいかな。何ていえばいいんだろ……この段階ではできたら三十度……夏ごろの気温ぐらいがいいんですが……」

「わかり……ました……」

 ティサンはそう言いながら口噛み麹に指先の全てを突っ込んだ。

「いま……人肌より少し熱く……なっています。少し……下げたほうが……良いかと……思います」

 途切れ途切れではあったが、自信を感じさせる言い方だった。

「……これ糸引いているよな」

 クローは言った。

「……納豆みたいだな」

 コウも同意する。

 二人が言うように、口噛み麹には糸――菌糸が出るようになっていた。納豆ほど粘着質に伸びるわけではないが、確かに菌糸が確認できる。

 そんな二人を尻目にイサムは口噛み麹で大きな山を作ろうとしていた。

「勇者様、おらにやらしてみるだ」

 キャニーがそんなことを言い出した。

「解ります? それじゃお願いします」

 不思議そうな顔でヘラを渡すイサム。

「勇者様がやりたいのはたぶんこれたべ?」

 そう言いながらキャニーは見事な手つきで大きな山にしてから、その頂上を思いっきり凹ました。

「でも、おらが思うにこの豆さ……こうが良いとおもうだ」

 そう言ってある程度平らにならし、畑に作るような畦をいくつも作った。

「勇者様のやろうとしたのは、もう少し経ってからが良かんべぇ」

 そう言ってキャニーはヘラをイサムに戻した。

「えっと……ありがとうございます。これを仲仕事と言うそうです。コウ、言いたくないんですが手は洗ってくださいよ?」

 前半の言葉はキャニーに、後半の言葉はキャニーとティサンの頭を撫でたコウに向かってのものだ。


 夜になってまたイサムに五人は集められた。

「最後の工程ですね。仕舞仕事と言うそうです。と言っても作業はほとんど無くて――」

 そう言いながら口噛み麹を平らに広げていくイサム。

「これで終わりです。ここで大事なのが温度管理ですね。体温よりやや高い程度が良いそうなんですが……四十度を超えたくないので麹室が三十六度強で良しとしますか。次は朝です!」

 そう言ってイサムはまとめた。


「完成です!」

 早朝、集まった全員にイサムはいきなり言った。

「おい!」

 思わずコウがツッコミを入れた。

「まあまあ。説明するのはこの後ですね。完成した麹を解しながら広げて、十五度程度――冷暗所が良いかな――で乾燥したところで一日程度放置……それで保存のための枯らしが終了です!」

 イサムはニコニコと説明を続けた。

「んあ? それで麹造りは全部なのか?」

 あくびを噛み殺しながらリーンは言った。

「そうだろうな。これに麹菌がいればだが」

 疑わしそうな視線でクローは言った。

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