第29話
「あれだな。キャニーとティサンは完全に手順を覚えてくれたな」
コウは愛人二人をそう評した。
「そうですね。実際、僕らより上手なんじゃないですか? 麹さえ造れるようになれば後は難しくないですからね。お二人は味噌造り職人になれると思いますよ」
イサムも同意した。
二人はキャニーとティサンに手伝ってもらいながら、彼ら三人が苦労して造った口噛み酒ならぬ口噛み麹の培養をしていた。一回の培養に三日かかるので、まだ三代目――彼らが直接噛んで造ったのが初代として――でしかない。
「どのくらい繰り返すんだ?」
「難しいところですねぇ……僕は五代目ぐらいにはある程度の選別は終わっていると思うのですが……味見しながら判断ですかね」
考え込みながらイサムは答えた。
「味見かぁ……」
イサムの言葉にコウは渋い顔つきになった。
コウは嫌そうにしているが、三代目の段階で彼らが直接噛んだそら豆は四分の一程度しか混ざっていない計算になる。それに唾液そのものは菌類ではないので増えはしない。代を進むごとにほとんど無くなってしまうだろう。
「よし! 味見すっか!」
意を決したようにコウは宣言した。
「いや、先に『毒物鑑定』をしないと。クローはどうしたんでしょうね?」
「それもそうだな。レタリー、ちょっと誰かにクローを探しに行ってもらってくれ」
コウはそばにいたレタリーに命じた。
「畏まりました」
そう言ってレタリーは部屋を出ていった。
コウの『ハーレムさん』たちの一部、特に武闘派なメンバーは愛人関係と言うより、君主と臣下のような関係に見えることがある。男女の仲は余人には理解できないとよく言うが……コウたちの仲は本人達にも理解できてないかもしれない。
「どうかしたのか? 何か顔に付いてんか?」
変な顔で自分を見るイサムに、自分の顔を手で調べながらコウは訊いた。
「いえ! なにも!」
イサムは慌てて返事をしたが、彼にしては少しぎこちなかった。
「そういえば……今までに毒になったのがあっけど……あれは繰り返すのは意味が無えのか?」
「えっ?」
コウの思いつきに意表をつかれたイサムは言葉に詰まった。
「毒になったサンプルで麹菌と毒の菌が混ざってた可能性は無えのか?」
「……ありえますね。しまったな……毒の場合でも味見しておけば良かったな……」
「毒の味見って! そんなのできんのか?」
コウは驚いて叫んだ。
「味だけ見て吐き出せば平気でしょう。『解毒』の魔法もありますし」
いつもの調子でイサムは言った。
「いやいや……そんなことに身体を張んのはよそうぜ。見込みがありそうなのは五回くらい繰り返して選別?すりゃいいだろ。そのあとで毒じゃなかったら味見すりゃ良いんだからよ。半月もかからないことでみんなの命を賭けたくないぜ?」
そうコウは言うが、理屈は通っているようで実は穴がある話だ。
見込みがあるかないかは彼らには全く判断が付かないし、唯一の手がかりは味しかない。それでもコウが言う通り、ほんの少しの時間の為に命を賭けるのは間違っている。
「まあ、それもそうですね。毒になるのすら珍しいんですから……発酵した全部を選別にかければ済む話でした」
イサムは穴に気づいてはいるのだろうが、大人しくコウに従った。
「コウ様……クロー様は城にいらっしゃいません。遠乗りに出掛けたとのことです」
そこでレタリーが戻ってきてコウに報告した。
「あん? あの野郎、サボってやがんな! 大方、第二王女も連れてデートなんじゃねえか?」
「はあ、真に羨ましいことで……」
軽口などほとんど叩かないレタリーが思わず同意する。
「ん? 遠乗りに行きたいか、レタリー?」
意外な愛人のぼやきに応じるコウ。
「い、いえ! めっ、滅相もございません!」
慌てて否定するレタリー。だが、その顔は真っ赤だ。
「よし! こんどみんなで遠乗りと洒落込むか!」
ここでコウが言った「みんな」とはコウの愛人達のことだろう。だが、おそらくはレタリーが望んだ遠乗りとは違うものだ。事実、レタリーはがっかりした表情になっている。
「あー……とりあえず今日のところはリーンに頼んでも良いんじゃないですか? リーンとクローで判定が割れたこと無いですし」
目を泳がせながら話題を変えるイサム。
「リーンも儀式をはじめるって言ったきりだな。どこでやってんのか聞いてるか?」
コウも気になっていたのかイサムにたずねた。
「城の裏手と聞いてますけど……気になりますよね?」
「だな。様子見がてら、頼みに行くか」
話がまとまり、二人はリーンの様子を見に行くことにした。
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