第9話

「そんな訳ねーだろ!」

 クローがツッコミを入れる。

「そうですね……少し暴論過ぎると思いますね。菌が栄養素を糖化させるときに他にも色々と生み出します。それが発酵食品の味を決める大きなポイントですね。味は醗酵に使った菌が半分、原材料が半分というところではないでしょうか」

 突拍子も無い意見ではあったが、それなりに論評するイサム。

「でも、いまの説明なら……オレ様の考えは間違ってないはずだ!」

 リーンは変にがんばった。

「いや……牛乳の説明は例え話で……醤油や味噌と同じ製法というだけで、菌も原材料も全く違うのですから全く違う味になると思いますよ」

「だろうな……でも、俺は牛乳味噌には興味が出てきたな。要するにヨーグルトに大量に塩をぶっこめば良いんだろ? どれくらい入れれば良いんだ?」

 なぜか乗り気のクローが訊いた。

「いえ……何度も言いますが例え話ですから……上手く行かない思いますよ。牛乳に塩を混ぜると凝固……固まってしまいます。ここまで未知のことだとやってみなければ解からないとはいえ……」

 不満そうなリーンとクローではあるが、イサムには何ともしようがない。

「リーン、もしかしたら冴えてっかもしんないぞ?」

 しばらく黙っていたままのコウが口を開いた。

「何か閃いたのか?」

 意外そうな顔でクローがコウに問いただした。

「牛乳で閃いたんだが……牛乳って勝手にヨーグルトになんよな?」

「そりゃ……傷んで勝手にヨーグルトになることはあるけどよ」

「普通は……種として牛乳にヨーグルトを入れますね」

 クローとイサムは思い思いに注釈を入れた。

「ヨーグルトは牛乳を乳酸菌で醗酵させんだろ? で、手っ取り早く確実に乳酸菌を牛乳に加えんのが『ヨーグルトを牛乳に混ぜる』だ。俺たちを悩ませている麹菌も……要するに似たようなもんじゃねぇのか?」

「意味がわからんのだ」

 早くもリーンが脱落した。

「俺自身も良く解かってねえんだ、心配すんな。うーん……なんて言えば良いのかな……違う方法というか……」

 閃いたことを言葉に出来ないのか、コウは言葉に詰まった。

「良く解からんが、良い感じに思えるぞ?」

 根拠は無いのだろうが、クローが励ました。

 それを受けてコウも言葉を続けた。

「あー……例えばだ! 例えば大豆で酒は造れんのか?」

「造れます。ずばり大豆焼酎というのがあります。大雑把に言うと……茹でた大豆を麹菌で醗酵させて、十分に醗酵したら水の中へ入れるだけです。水中でも糖からアルコール化が進み、お酒になります。アルコール化が終わったら色々な糟を濾して完成です。……かなり大雑把ですよ?」

 イサムがたちどころに疑問を解消した。

「どぶろくと大差ないんだな」

 大雑把に説明されすぎたためか、クローは少しずれた感想を漏らした。

「どぶろくは麹が無い時から造ってたんですから、大分違うはずですよ」

「んあ? それじゃあ……麹が無い時はどうしてたのだ?」

 リーンが脱線した。

「最も原始的などぶろくは……炊いたご飯をぬるま湯へ放り込むだけです。何度か攪拌して……醗酵に成功したらお酒の完成です」

「うぇ……何だか嫌な感じだな。オレ様はそんなの飲みたくないぞ……」

「それだ!」

 コウが叫んだ。

「……どぶろくが飲みたいのか? あまり美味そうに思えんぞ?」

 苦虫を噛み潰したような顔でクローが言った。

「ちげぇよ! 色々と良く解かってない頃でも……牛乳が自然とヨーグルトになんのを見て、牛乳がヨーグルトになんのを理解したはずだ。そっちが先で、種としてヨーグルトを入れんのが後だ! そしてそれは麹を使う醗酵でも同じはずだ!」

「そう……なる……かな? 先に麹菌で醗酵させる知識だと歪か?」

「牛乳の場合だと最初のヨーグルトが必要ですからね。勝手にヨーグルトになったのが先でしょう。麹は違う可能性はありますが……基本的に正しいと思いますよ」

 イサムは考え込みながら言った。

「もう少し、オレ様にも解かる様に言ってくれ!」

 リーンは降参した。

「例えば大豆なら……茹でた大豆をぬるま湯に放り込んで……どぶろくになったらそん中には麹菌か似たような俺たちに役の立つ菌がいるってことだ!」

 コウは結論に達した。

「いや……麹菌は空気中にいないんじゃないか?」

「いえ……麹菌は空気中にもいるはずです。でなければ稲麹の現象が説明つきません」

 クローの疑問にイサムが即答した。

「さらに言えばだ……俺たちは別に麹菌が好きなわけじゃねぇよな? 麹菌で醗酵させなくても……醤油や味噌の味がすれば満足できる」

「そりゃそうなのだ。オレ様はさっきの牛乳味噌だって……美味けりゃ文句無しなのだ」

「味の点では麹菌が一番のはずですが……確かに似たような結果になる菌なら問題ないですね」

「そう……なのか?」

 不思議そうな顔をしてクローがイサムに訊いた。

「この理屈で麹菌が培養できる可能性は十分にありますね。培養できたのが麹菌じゃなかったとしても……代用菌として期待が持てます。その場合は完成品まで造ってみて、味で判別と言うことになりますが。どのみち、麹菌の培養が成功しても……完成品の味以外で僕らに判別つきませんし」

「よく解からんが……麹の問題は解決したのだな!」

 嬉しそうにリーンは納得するが――

「まあ……希望の光は出てきたってとこだ」

 クローが訂正した。

「そうだな……とにかく方針は決定したってことだ」

 リーダーらしくコウが締めくくった。

「じゃ、後は大豆なのだ!」

 リーンの言葉に――

「僕たち……同じようなところをグルグル回っているだけの気がしてきました」

 イサムがしょんぼりと応じた。

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