第25話

「なにかアイデアを思いついたのか?」

 興味津々でリーンは続きをせがんだ。

「最初に戻ると言いますか……魔法ですね。それも召喚魔法を試したいです」

 イサムはあっさりと言った。

「召喚魔法はダメだぞ? グネー様が説明してくれたのだが異世界……この世界じゃなくてこの世界から見た異世界……うーん、こんがらがるな……日本から人でも物でも召喚するのは不可能じゃないが、しばらくは……おそらくはオレ様たちが生きている間は無理だ。星の並びが整わないのだ。下手に試したら日本以外の異世界から何か呼び出してしまうぞ」

 がっかりした口調でリーンは断じた。

「いえ……いわゆる異世界召喚の方ではなくて……何ていうか……この世界で一般的な召喚魔法の方ですね。リーンは何度か幻獣とか精霊を召喚していますよね?」

 魔王討伐の旅の間にリーンは何度か使役するしもべを呼びだしている。それをイサムは思い出させた。

「んあ? それはそうだが……幻獣や精霊が役に立つのか?」

「ちょっとその辺は解らないですが……他にも召喚しようと思えばできるんですよね?」

「そりゃ……天使だとか悪魔だとかも呼び出せるが……あの辺は色々と面倒なのだ」

「そうなんですか? 本筋と関係ないですけど……少し興味がありますね」

「うーん……オレ様に言わせれば天使や悪魔、幻獣、精霊はみんな同じなんだけどな。ただ、天使と悪魔はそれなりに力があるから従わせるのが億劫だし……いずれかの神に仕えているから天使や悪魔だからな。ちょっとした問題解決なんかで呼び出すと後々揉めるのだ」

「うーん……予想と違いましたね。僕はそういう、なんと言うか……大物じゃなくて……魔獣とでも言えばいいのかな? ドラゴンだとかグリフォンだとか……その辺の……いわば生物を呼び出せないかと思ったんですよね。例えばですが」

 そう言ってイサムは腕組みをして唸りだした。

 過去にそんな魔法のでてくる物語でも読んでいたのだろう。

「んあ? できるぞ?」

 唸りだしたイサムにあっさりと言うリーン。

「え? じゃあ、例えば……ドラゴンを召喚できるんですか?」

 驚きながらイサムが訊き返す。その顔には驚きもあったし……子供のような憧れの表情も混ざっていた。

「うむ。ドラゴンがどこにいるか教えてくれれば。契約とマーキングをしてくるのだ。それが済んだらいつでも呼び出せるぞ」

「えっと……いままでにリーンが呼び出した幻獣や精霊は契約やマーキング?というのをしていたんですか?」

 質問を続けるイサムの顔は少しがっかりしているようだった。

「いや、あいつらにマーキングはいらない。幻獣や精霊はあいつらの方でオレ様のところまで来れるからな。単に異界へ声を届かせるだけでいい。よほどの無理難題でなければ契約もしなくて大丈夫だ」

「うん? それじゃ、なんで……ドラゴンには色々しないとダメなんです?」

「ドラゴンにオレ様のところに来る能力がないからだぞ? そりゃ、ドラゴンに飛んでこさせればいつかは到着するだろうが……それじゃ使いにくいだろう?」

「そ、それもそうですね……いや……そうなのかな? 契約と言うのは?」

「いちいち呼び出しに逆らわれたら面倒なのだ。それに呼び出せても従わなかったら意味がないだろ? 前もって服従させるか、何か取り決めをしておくのだ。相手が弱ければ必要ないが……ドラゴンならオレ様でも契約するかな」

「ええっと……生き物の場合……相手と会っていて、マーキングして、契約しないとダメってことですか?」

 考え込みながらイサムは要点をまとめた。

「基本的にそれであってるぞ。一応は名前だけでも試せるが……虫とか小動物だとか……相手が凄く弱い場合だけだぞ」

「思った以上に『不文律』ぎりぎりかもしれない」

 リーンの言葉にイサムは難しい顔をした。

「……なにをしたいのだ?」

 焦れたのかリーンは問いただした。

「あー……リーンに麹菌を召喚してもらおうかと思ったんですよ」

 あっさりとイサムは白状した。

「んあ? 麹菌って……麹菌を召喚? そんなことできるのか?」

 驚いて逆にリーンが訊き返した。

「麹菌はともかく……もう少し条件のゆるい菌ならいけると思いましたよ? リーンの説明から考えたら。リーンは使いませんでしたけど……魔王軍の人たちは作物を病気にする魔法や物を腐らせる魔法を使ってきたじゃないですか。麹菌は要するに稲を食べる菌で……稲を腐敗、腐らせてるだけですしね。作物の病気と考えても、単純に生物と考えても間違っていませんし」

 何でもない事のように言うイサム。

 リーンは何も言わずに腕組みをしながら考え込んでしまう。

 イサムはリーンの邪魔をせず、黙って様子を見守った。

「稲がある地域までどれくらい離れているのだ?」

 ようやくリーンが口を開いた。

「いや、それは……調べないことにはなんとも……」

 申し訳無さそうにイサムは答えた。

「あー……ちがう。オレ様たちの……地球で考えてでいい」

 難しい顔のままリーンは質問の仕方を変えた。

「そうですねぇ……フランスから東南アジアか中国の南部として……ざっと一万キロですね」

「そ、そんなの地球の裏側じゃないか!」

 思わず叫ぶリーン。

「いや、地球の裏側だと倍の二万キロですよ?」

 イサムはあいまいな顔で訂正し――

「それにそんな遠くを考えなくて良いんです。いま、この周りの空気中に……この部屋にはいないとしても、少なくとも近隣にはいるだろう麹菌です」

 リーンの勘違いを正した。

「そ、それもそうか。探しにくいだけだったのだ。それでも……うーん……」

「やはり難しいですか? 何がネックなんでしょうね?」

「大事なのはイメージなのだ。実際に見たことがあればいける気がするぞ。現地の魔法使いなら可能だと思うのだが……うーん……魔法使いでなくても、実際に現地に行った者がいるだけでも……」

 リーンは唸り続けるしか無いようだった。

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