第41話

 彼らはイサムの陣頭指揮の下、多くの試作品を造りはじめた。

 麹菌は三種類を確保したのだから、味噌と醤油でそれぞれ三組で良いはずなのだが……全部で二十組以上も造る計画になった。

「今日は……どれをどうすんだ?」

 困った顔でコウが二人に訊いた。

「今日は一昨日仕込んだ麹が完成するから、それを味噌と醤油に……ああ、水も変えるって言ってたな。隅に置いてある瓶がそれだろ。塩を減らすのも試すはずだが……どうすんだろうな。それから新しく麹を仕込むはずなんだが……何でも口噛みのと召喚したのを混ぜるとかなんとか……比率は半々でいいのかな?」

 答えるクローもあやふやだ。

「こりゃイサム待ちだな。イサムの奴、珍しく遅いな」

 諦めた口調でコウは言った。

 そして話題に出た大きな水瓶からコップに汲んで飲みはじめる。

「うん? ……この水……美味いな。それになんだ?」

 水を飲んだイサムは首を捻る。

 それを見てクローとリーンも水を飲みはじめた。

「うん、美味いな。なんと言うか……口当たりがいいな」

 クローもコウに同意した。

「ああ、これは名水だな。王都の近くに名水が湧く場所があるのだ。歩いても日帰りで帰ってこれるくらいの距離だぞ? それにイサムは遅くなるかも。朝早くにヴィヴィアを借りにきたのだ。宰相閣下と相談するつもりらしいぞ」

 リーンも水を飲みながら暢気に言った。

「イサムの奴、まだ何か計画してんのか?」

 呆れた声でコウは言った。

「ヴィヴィアさんに手伝ってもらっているとすると……少し政治的な話をしに行っているのか?」

 クローは考えながら言った。

「たぶん、そんなに堅苦しい話じゃないぞ。馬の話なんかもしていったのだ。なんでか鏡も作らさせられたが――」

 リーンが暢気に答えていると――

「すいません、遅れました!」

 そこにイサムが駆け込んできた。

「あー……とりあえず、話は後だな。先に作業しちまおう。話があんだろ?」

 コウがそう言って、彼らは作業に取り掛かることにした。


「で、話ってなんだ?」

 昼食の席でコウが切り出した。

「提案があります。というか……細々とした用意を終わらせてあるので、予定の通達になっちゃいましたね。前後してすいません」

 イサムは謝りながら説明しだした。

「……まあ、それはいいだろ。なにをするんだ?」

 クローがとりなしながら促した。

「海に行こうと思っています」

 イサムはあっさりと言った。

「んあ? 海か? 海水浴も悪くないだろうが……まだ水は冷たいぞ? お前らの思っている数倍は冷たいからな? 夏の盛りじゃなきゃ大変だぞ?」

 リーンはたしなめるように言った。

 しかし、異世界人に海水浴の習慣はない。現地人らしいことを言っているようで、とんでもないことを言っている。

「遊びに行くんじゃありません! リーンはお味噌汁を飲みたくないんですか!」

 憤慨した様子でイサムは言った。

「味噌ができりゃ……味噌汁はできんだろ? でも、海は良いかもな。醤油ができたら刺身なんてどうだ?」

 コウは暢気そうに言った。

「いや、コウ……よく考えたら味噌だけで味噌汁はできない。出汁だ。出汁に何かが要る」

 クローは納得した顔で言った。

「クローの言う通りです。豚汁もどきとして豚肉で出汁をとっても良いのですが……できたらもう少し本格的に作りたくないですか?」

「あー……出汁といったら鰹節か? ……あんのか?」

 コウもようやく理解したようだった。

「鰹節は……無いんじゃないか? でも、昆布なり若布なりはあるだろ?」

 クローが考え込みながら言った。

「そういえば……昆布も……若布も……食べた記憶が無いぞ。……大変だ! 昆布も若布もいないのか?」

 びっくりした表情でリーンが叫んだ。

「いえ、ヨーロッパに昆布も若布も自生しています。紀元前から発見はしているようなのですが……なぜか食用にしていないんですよね。肥料として使用したりもしてるようですが、基本的に海に浮かぶゴミとして認識しているようです」

「……またか。目の前にあんのになぁ。保守的過ぎんだろ」

 うんざりした口調でコウが評した。

「この国の人は海洋資源は全くだよな。海辺の人たちは違うんだろうけど」

 クローも同意した。

「鰹節の工程は簡単なのですが、また菌探しで苦労するでしょう。何度か鰯のオイル漬けは食べたんですから、鰯は獲れるはずです。なので鰯の身欠き節……というか干物と言うか……その類のもので鰹節の代用品を作るつもりです。煮干や干物で出汁をとる地方もありますから、そんなに見当はずれじゃないでしょう」

 イサムは計画を説明した。

「良いんじゃねぇか? 干物なら日持ちもすんだろうし」

 コウは賛同した。

「そうだな。言わば干物文化や海草文化を興すのはこの国にとって悪くないはずだし」

 クローも乗り気になった。

「昆布と若布はどうつかうのだ?」

 リーンが素朴な疑問を口にした。

「昆布と鰯の干物で出汁をとるんです。そして具は若布! どうです、代用品ばかりとは言え美味しそうに思えませんか?」

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