第2話
祝宴が酒宴へ変化したため、彼らはサロンへ場所を移していた。
「アレだな……やっぱ日本人には和食だな。祝宴に用意されたメシも不味くは無かったけど……なんていうかな」
コウは仲間達に同意を求めた。
「俺は不満なかったけどな……」
生活に疲れた中年の雰囲気の青年が、隣に座る第二王女を気づかうように答えた。
「クロー様……やはり、クロー様達のお国に比べると?」
心許なげに第二王女は生活に疲れた雰囲気の青年――クローに訊いた。
「いや、ケマ……ほら……やっぱ手掴みで食べるのだとか……汁物をみんなで回し飲みするのは……俺達にはちょっとな」
第二王女――ケマはその言葉に顔を赤くした。
「私も……『ふぉーく』や『すうぷぼうる』に慣れだしますと……」
「ああっ! いや……ケマが気にすることない! こういうのは……ゆっくりと慣らすように教えていかないと。……俺もケマのことを手伝うし!」
「クロー様……」
自分達だけの世界を作り出した二人に周囲の者達は冷たい視線で応える。
不平不満がでないのは第二王女という身分を慮ってのことではない。その場に居る全員が二人に……二人がすぐに甘ったるい雰囲気を作り出すのに慣れてしまっているだけだ。
その甘い空気は礼儀正しいノックによって破られた。
「クロー様。侍女がご所望のものを……」
「ああ、入ってもらってください」
クローが取り次ぎへ返事をすると、銀のお盆を捧げ持った侍女が部屋に入ってきた。
「なんだよ……まだ食うのか?」
コウが呆れた感じで言った。
「ちげぇ! これはリーンにだ」
「なんなのだ? うん? また唐揚げかよ!」
リーンも用意された料理を確認して呆れた。
「いや……なんだ……その……悪かったな、祝宴で。あんなに怒るとは思って無くてな」
ばつが悪そうにクローはリーンに謝罪した。
「ちがうのだ! こういうことじゃないのだ! だが、まあ……謝罪は受け取る。先に言っておくが酢は勝手にかけるなよ!」
「なんだかんだ言いながら食べるんですね。うん、今度はマヨネーズが添えてある」
イサムも唐揚げを食べるつもりのようだ。
「ああ、マヨネーズも作ってもらった。コウ、お前の『ハーレムさん』たちに手伝ってもらったからな」
「俺の女たちを『ハーレムさん』と呼ぶな! 勝手に用を頼むな!」
クローの言葉にコウが噛み付く。
「いや……俺がやるより本職の方が上手だしな。あの料理人の人、俺が一度やって見せただけで覚えたぜ?」
「下位互換
そうリーンはクローを馬鹿にするが、クローの『能力』とて尋常なものではない。
クローの『能力』は『スキルマスター』という。
見るだけでありとあらゆる技術を瞬時に習得する『能力』だ。技量も練習すればオリジナルと同等まであがる。世界一強い剣士の技を『能力』で習得すれば、クロー自身が世界一の剣士となることも可能という……噴飯物のとんでもない『能力』といえる。
しかし、確定しているのは技術の習得だけ、技量が保証されるといっても練習は必要だ。
そもそも『能力』が保証するのはオリジナルと同じ技量までだし、知識や経験は全く追加されない。技術を応用したり、より高い技量に高めるためには……クロー自身の努力と才能、知識が必要となる。
クローが世界一の剣士になるくらいなら……目の前に居る世界一の剣士に頼んだほうが早いし、世界一の剣士なら当然の知識や経験も兼ね備えている。大前提として世界一の剣士を探すところからなのもネックだ。
弱点があろうとも大きな可能性を秘めた『能力』ではあるが――
「料理人? どの娘だったっけ?」
コウはそばに控えるレタリーに問いただした。
「コウ様、クジーンにございます。赤毛の……少しふくよかな」
「ああ! あの赤毛の娘! ……おっぱいの大きい!」
「……夜伽の順番を繰り上げてやりますか?」
「ん……まあ……レタリーが良いと思うように……」
流石のコウも恥ずかしかったのか、誤魔化すように答えた。
コウの『能力』は名前も詳細も解かっていない。
ただ、結果から類推するに大きな人徳や幸運をもたらすものと皆は考えている。
一部の人間は彼を見ただけで気に入り、彼も相手を見ただけで気に入る。少し話をしただけでお互いに友人になり、長く一緒にいればお互いが親友のように感じる。何もかもが彼と相手を祝福しているかのごとく物事が進む。
それは異性にも……特に異性に作用し、コウとその異性たちが恋愛関係になるのは自然な流れであった。この世界に召喚されて以来、彼は順調に愛人を増やし続け……いまでは三桁の愛人集団を従えている。不思議なのが愛人全員が何かの分野でのスペシャリストなことだ。もちろん、世界一の女剣士も在籍している。
ありとあらゆるスキルが習得可能な『能力』とありとあらゆるスキルのスペシャリストを惹きつける『能力』――好みはわかれるだろうが、コウの方に圧倒的な優位性があった。なによりも物量……手足の数が圧倒的に多い。
「うるさい! それに全く羨ましくない」
コウたちを眺めながらクローがリーンに言い返した。
「それは……オレ様もそうだな」
リーンも素直に同意した。
仲間達にそんな感想を持たれたコウたちは――
「コウ様、それはずるいですわ! 今宵はグネーの番ですのに……」
「あっ……そ、そうなの?」
「確かに、今宵はグネー様でございます」
「そ、そっか……ど、どうしよう?」
愛人の一人である第一王女――グネーにごねられてコウは苦しい立場に追いやられる。それをやはり愛人の一人であるレタリーに相談するのだから……コウもコウの愛人たちも何か大切なものが狂っている証拠だった。
「とりあえず唐揚げを食べてくれ! レタリーさんやヴィヴィアさんは食べられなかっただろ?」
場をとりなすように……誤魔化すようにクローが全員に話しかけた。
まだ食べていない人に配慮したのは、祝宴で席が無かった者は唐揚げにありつけなかったからだろう。
それを機に全員が唐揚げを食べはじめた。すでに祝宴で食べていた男達も口にする。空腹ではないはずだったが……日本の青年にとって唐揚げは別腹とでも言うべき魅力があるからだ。
「祝宴のより美味くないか?」
「ん? そうだな……たぶん、俺の作ったのと酒を変えているんだと思う。流石、本職だな」
「なにか少し……なにかが足りないぞ?」
「ああ、片栗粉が手に入らなかったから小麦粉だけで衣を作ってるんだ。小麦粉で作るレシピもあるそうなんだが……それも片栗粉を少し混ぜているんだよな」
「片栗粉……イモ類から澱粉を摘出したものです。これまたイモ類が入手できないんですよね。そのうち、小麦か何かから澱粉を摘出する方法を考えときます」
「イモか……フライドポテトも食いたいな」
「やめろ! 食べられない食い物の話は禁止したはずだぞ!」
「……やっぱり何か足りないぞ。一味足りないのだ」
「この『からあげ』はとても美味しゅうございますよ、坊ちゃま?」
「諦めろ。この塩唐揚げはけっこう良く出来てる方だ。胡椒が間に合ったからギリギリ合格だろ?」
「それだ! 塩唐揚げだからなのだ!」
リーンが大声をあげて立ち上がった。
「やめてください! リーン、誰がレシピを調べたと思っているんですか」
イサムががっくりした顔でリーンを諌めた。
彼の『能力』は『全知』という。
ありとあらゆる知識をたちどころに得ることが出来る驚異的な『能力』だ。すでに明らかになっているように何らかの制限があるようだが……その制限の全てはいまだに解かっていない。それでも、正しい知識はありとあらゆる場面で役に立った。
「そうだぞ。これはこれで良いものだ。アレが無いんだから仕方が無いじゃないか」
教えられたレシピを元に唐揚げを作ったクローも諌めた。
いかに世界一の料理人であっても、一度も食べたこともない料理は作れない。なのでクローが『スキルマスター』で料理の技術を習得し、見本を兼ねて作ったのが祝宴の唐揚げだったのだ。
「どういうことだ?」
コウが二人に問いただした。
元々はコウが「唐揚げ食いたい」と言ったのが発端ではあるのだが……製作中、彼は蚊帳の外に置かれていた。
「この唐揚げは物足りない! 醤油なのだ! 醤油味こそ唐揚げの王道なのだ!」
何も考えずにリーンは宣言した。
「ああっ……その名前を言うなって……」
クローとイサムが異口同音に嘆いた。
リーンよりも先に、二人は醤油が無いのを残念に思っていた。塩唐揚げにしたのは苦肉の策でしかない。
「リーン、その名を口にするのは禁止にしているはずだ!」
一応はリーダーらしく、コウはリーンを叱った。
それは四人が魔王討伐のパーティを結成したときからの約束だった。この異世界で手に入らない食べ物のことを……特に我慢しきれない醤油の名を話題にしない。それは四人にとって自己防衛の知恵だったのだ。
「誰がなんと言おうと、オレ様は醤油味の唐揚げしか認めないのだ!」
なおもリーンは言い張る。
リーンの主張は我がままではあったが……三人にも痛切に理解できるものだ。
「これは立派に唐揚げです! それを認めないリーンは間違っています!」
イサムの非難は強い口調だ。
強引な理屈と自覚しているに違いなかった。それでも、無理やりにでも話を終わらせねばならないと踏んだのだろう。
「嗚呼……味噌汁が飲みたいなぁ……」
心の中で何かの箍が外れたようにクローがつぶやいた。
それが勇者達による本気の内紛開始の合図になった。
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