第44話
「蟹だ!」
コウが叫んだ。
「蟹なのだ!」
リーンも叫んだ。
彼らが逗留先に――これも宰相のツテで手配したある貴族の別邸だった――落ち着いて、とりあえず食事となって矢先の出来事だった。
食堂のテーブルには大きな茹でた蟹が山のように用意されていた。
「これは……イチョウガニとタラバカニの親戚かな? クロー、一応『毒物鑑定』をお願いします。この地方で食べられている蟹で生きたままのものを、海水で茹でるように頼みました。まあ、平気だとは思うんですが」
蟹を見ながらイサムは言った。
イサムの言葉を受けてクローは呪文の詠唱を開始する。
「大丈夫だ。食べようぜ?」
クローは結果をみな教えた。
その言葉で蟹だけの晩餐がはじまった。
そして一行は黙々と蟹を食べ続けた。
しばし一行は黙々と蟹を食べ続けた。
さらに一行は黙々と蟹を食べ続けた。
「あ、あの……ワインなどいかがでしょうか?」
別邸の管理を任されていたらしい使用人が恐る恐る話しかけた。しかし――
「いい」
「……」
「後にして下さい」
とそっけなく断る。
「あ、大丈夫なんで、お構いなく」
丁寧に断るクローも視線は蟹から外さない。
黙々と食べる一行は何かの宗教儀式を執り行っている様ですらあった。
「いやー……食ったな!」
コウが満足げに言った。
「そうだな。こんなに蟹を食ったのは初めてだ」
クローも満足げだ。
「蟹もいたのだな! オレ様、この世界で蟹を食ったのははじめてだぞ!」
リーンも大満足なようだ。
「蟹は世界全土に生息してますからね。例えばフランスは蟹を食べる習慣があるそうですが……それも流通が整わないうちはダメなんでしょう。とり扱いが疑問だったので、今回は生きているのを茹でるように特にお願いしました」
イサムはそんな風に説明した。
日本人の感覚で言うとヨーロッパの人々は海産物の扱いが下手だ。熱意がないと言っても良いかもしれない。指定しないと臭いのするものだった可能性があった。
「しかし……この蟹……蟹座の蟹だよな。昔から不思議だったんだが……こういう蟹がいんだな」
コウはイチョウガニらしきものを指しながら言った。
コウが言う通り、外見は十二星座で描かれる蟹の絵にそっくりだった。
「そっちの蟹は殻が固いが……ミソが多くて美味かったな。こっちのはタラバガニなのかな? 毛蟹なのかな?」
もう一種類の蟹を指しながらクローが言った。
「これは異世界の特有種なのかなぁ?」
珍しくイサムにも判断がつかないようだった。
「こいつは蟹肉が詰まっていて美味かったのだ」
ニコニコとリーンは言った。
食べれて、美味かったのなら文句は無いだろう。
「とりあえず、明日から行動開始ですが……余禄として海の幸を楽しんでも罰は当たらないでしょう。適当にこの地方の名物料理もお願いしながら……エビフライや潮汁も作ろうかと思っています。醤油や味噌が無くても楽しめるもの中心ですね」
イサムは異世界に召喚というとんでもない事態になっても、全く食に妥協する気がないようだった。
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