第45話

 翌日、彼らはまず漁港に来ていた。

 漁港と言ってもまだ沿岸漁業の時代である。流石に軍艦などは初期のガレー船ではあるが、漁船は大きな手漕ぎボートにしか見えない。気の利いたものでマストが一本ある程度だ。

 そもそも獲った魚を遠くまで流通させる方法が無い。まだ産業としては大した位置づけではないし、漁港も小規模なものだ。

 それでも日本人の血がそうさせるのか、四人のテンションは上がっていた。

「まずは鰯と昆布、若布の入手か?」

 コウがイサムに訊いた。

「そうですね……鰯の入手は最初にしておきたいですね。さばいたり煮たりと色々しますから。昆布と若布は……自分達で適当に採ってくるしかなさそうですね」

 イサムは漁港の様子を見ながら言った。

 しかし、漁港に長くいるにつれ、四人のテンションはどんどん下がっていった。

 とても臭かったのだ。

 日本の漁港ですら苦手なものには耐え切れない臭いと言える。それが臭いに無頓着な中世ヨーロッパの人々が管理していると言うのだから……推して知るべしであった。

「これは……許されざる臭いなのだ」

 基本的に無頓着なリーンですら憤慨していた。

 これはリーンの中の日本人が言わせたのだろう。世界平均で考えても日本人は臭いに敏感と言える。特に魚の傷んだ臭いを絶対に許さない。これは魚を美味しく食べることに心血を注いだ民族特有としか言いようが無い。

「しかし……どうしてだろうな? 目の前の魚は生きているのや、しめたばかりのもののようだぜ?」

 不思議そうにクローは言った。

「清掃に熱心じゃないんじゃないですかね? もしくは清掃しやすい構造に漁港と市場がなっていないか……」

 考え込みながらイサムは答えた。

「まあ、すぐすぐにはどうにも――」

「馬鹿野郎! なにぼさっとつっ立ってんでぇ!」

 諦め顔で言いかけたコウに威勢のいい言葉が投げつけられた。

「あ、すまん」

 自分を睨みつける娘に反射的にコウは謝った。

「あーっ……」

 その光景を見て異口同音に声を漏らす三人。

「どうかしたのか?」

 不思議そうにコウは訊きかえすが――

「どうする? しばらく縛っておくか?」

「いや、でも……どんなスペシャリストなのか判明してからでも……」

「流石にコウも自重すると思うのだ」

 それを無視して三人は話し合った。

「しかし……色々な魚を獲ってるんだな」

 居心地が悪そうにコウは話題を変えた。

「そうですね。鰯、舌ヒラメ、鰊、鮭、鯖、烏賊に蛸……僕にも名前が解らないものも沢山あります。獲れて食べられるものなら何でも食べているんでしょうね」

 イサムは感慨深げに言った。

「……これはマグロか?」

 クローが並べられている大きな魚を指して言った。

「驚きましたね。ポルトガルの辺りではマグロが獲れるそうなんですが……ここがフランスっていう見当が間違ってたのかな?」

 イサムが不思議そうに言った。

「いや! それより! これは要するに近海マグロってことだろ? 買おう!」

 興奮してコウは言うが――

「ダメですよ。醤油ありませんし。マグロって意外と足の早い魚なんです」

 とイサムに素気無く止められた。

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