第43話
「しかし……ただ旅をするだけならあっと言う間だな」
コウが感想を口にした。
いまでは独りで馬に乗っているが、すぐ横で『ハーレムさん』が馬を見張りながら併走していた。
「そりゃ……前回は軍隊と一緒だったからな。魔王軍と戦いながらだし、真っ直ぐ海に向かってたわけでもない。歩きの人も一緒じゃないからな」
クローが勘違いをただした。
「前回は半年近くかかりましたからね。それでも驚異的な進軍速度だったと思いますよ」
イサムも説明を加えた。
「お前らは解ってないんだろうが……この旅は最上級に近い贅沢なのだぞ? 全員に替え馬は用意してあるわ、街ごとに疲れすぎている馬と交代する馬は用意してあるわ……コウに至っては四頭もだぞ?」
リーンが呆れて釘を刺した。
馬での移動といってもそれほど捗るものではない。長距離の移動をする場合、馬を走らせるわけではないからだ。速度は早歩き程度が限界だし、馬を休ませながら進まねばならない。仮に馬を全力疾走させ続けると、二時間程度で馬が死んでしまう。早歩き程度であっても休み無く進み続けたら、次の日には馬が歩けなくなるほど疲労してしまう。
「一体全体、どうやって宰相閣下に協力させたのだ? あのジジイはけちんぼだぞ?」
過去に何かあったのか、リーンは宰相の評価が低いようだった。
「いえ、ただ、リーンに作ってもらった鏡を賄r……友好のしるしとして贈っただけですよ」
明後日の方向を見ながらイサムは答えた。
「ジジイめ……」
それでも気に入らないのかリーンはぶつぶつ言い出した。
「そのうち、宰相さんの持っている鏡を見て、他の貴族も欲しがるでしょうが……リーンは気安く作ってあげたらダメですからね?」
真剣な顔でイサムは言った。
「なんでなのだ? あんなの毎日作っても大したこと無いぞ?」
不思議そうにリーンは訊いた。
「それも言ったらダメです! あれはリーンでも苦労しているもので……とても作るのは大変で……凄く貴重なものなんです!」
イサムはしつこく釘を刺した。
「そういうことか」
凄く悪そうな顔でコウは肯いた。
「すでにネーション家産の胡椒争奪戦がはじまってますし――ああ、今年の収穫分は王に献上する予定です。何度かねだられてますからね。まあ、ほんの少しの予定ですが」
とりすました顔でイサムはいった。
「……多少は大目でも良いんじゃねえか?」
真剣な顔でコウは訊いた。
「いえ……がっかりした王に『ネーション家の領地がもう少し広ければなぁ』と嘆く予定です」
これまた真剣な顔でイサムが答えた。
「あー……お前ら……なんていうか……その……お手柔らかにな?」
苦い顔でクローが釘を刺した。
「なに言ってんだ。お前こそ、色々とやらなきゃダメなんだぜ?」
邪悪な顔でコウが言い返した。
「そうですねぇ……家格と言いますか……高貴な女性には相応しい求婚者がしかるべきですからね」
何気ない言い方だが、イサムの顔も邪悪だった。
二人の言うことに気がついたクローの顔は真っ赤だ。
「そのうち……クローに面会を願い出る貴族さんが何人もきます。その貴族さんはリーンにとりなしを頼むでしょうから、クローは遠慮なく貸し付けてください」
「なんでそんなことが解るのだ?」
不思議そうにリーンは訊いた。
「そうなるように取り計らうからです。ターゲットの貴族はヴィヴィアさんとレタリーさんに相談して決めてあります。一枚の鏡でリーンと――ネーション家とクローに貸しを作らせることができます。ネーション家は一気に面目躍如とはいえませんが……失地回復くらいまではいけるでしょう。クローは新しく家を興すことになりますから……どこにも貸しの無い貴族なんてただの餌ですし」
なんでもないことのようにイサムは説明した。
いぶかしげにリーンは後ろのヴィヴィアを見やるが、彼女はニコニコと話を聞いていた。
「まあ、ヴィヴィアが理解しているなら、オレ様はそれでいいぞ」
リーンは鷹揚に答えた。
「うーん……少し、王が俺たちへの褒賞を決めんのを遅らせたほうが良いんじゃないか?」
考え込みながらコウが訊いた。
「大丈夫じゃないですかね。戦争の痛手でまだ手が回らない様ですし、跡継ぎが戦死した家は後継問題で揉めているところもありますし……僕らはこの間に色々とあちこちに貸しを作って回ったほうが――」
腹黒い相談を続ける二人を誤魔化すようにクローが叫んだ。
「海だ! 海が見えたぞ!」
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