第14話

「でも……正直言って感動しました!」

 イサムが嬉しそうな顔で三人に向かって言った。

「いや……そんなことを言われても……」

「コウは良いことを言ったと思うぜ?」

「オレ様たちは……その……な、仲間だしな」

 三人は流石に照れ、赤くなった顔を隠すように背けながら……思い思いに何事かつぶやいた。

「……えっ? い、いや……も、もちろん、それも感動しましたけど……違いますよ! 味噌一号ですよ! 味噌一号!」

 イサムは自分が何を言っていたのか、三人の反応で気がついたようだった。誤魔化すようにイサムは自分の真意を正すが……その顔は赤い。

「味噌一号が? こりゃ悪いけど……完全に失敗作だろう」

 クローは他人事のように言った。

「失敗は残念ですが……これは凄いものですよ。これは多分、味噌の祖先です!」

「祖先? ほっといたら味噌になるのか?」

 リーンは希望的見解を嬉しそうに言った。

「いえ……流石に……言いにくいですけど、危ないので廃棄処分するべきです」

 イサムは申し訳無さそうに断じる。

「ふむ……やはり、方法が間違っていたのか?」

 クローは考えを述べた。

「いえ……醤油は際どいですが……味噌一号も醤油一号も成功する可能性はありました。理論的に最低限必要な要件は満たしていると見るべきです」

 考え込みながらイサムは評価した。

「クローが消毒しなかったからだな!」

 笑いながらコウは言った。しかし、コウ自身がそう考えてはなさそうだった。

「俺のせいかよ! じゃあ……これから何度も上手くいくまで試すのか?」

 クローはコウに言い返しながら、イサムに作戦をたずねた。

「いえ……最低条件は満たしていますが……運を天に任せすぎでしょう。かなり幸運でなければこの方法では成功しません。それに大きな問題点があります」

「なにが問題点なんだ? ……やっぱり毒物ができることか?」

 コウが問いただした。

「毒物になっても問題が無いんじゃないか?」

 事情が解からない者が聞いたら意味不明のことをクローは主張した。

 実は彼らにとって毒物の問題は解決済みだ。

 コウとクロー、イサムの三人には異世界の食料全てが、食べられるかどうか解からないものだった。リーンが日常的に食べているものでも……彼らが食べたら死に至るものがあってもおかしくない。

 もし毒となる食べ物を食べたらどうするか?

 異世界に召喚された当初は対処法が無かった。いざと言うときは魔法による解毒に頼らざるを得ない。しかし、それでは即死に近い威力だったら間に合わない。

 だが、クローが魔法の技術を『能力』で習得し、『毒物判定』の呪文を覚えてからは事情が変わりだした。ありとあらゆる食材と調理後の料理を片っ端から毒物かどうか調べたのだ。

 ちなみに、リーンはもちろん『毒物判定』の魔法が使える。しかし、リーンに……異世界人に無害でも、三人にも無害なのかは判断がつかない。そしてリーンがクローに魔法を教えられなかったのも痛かった。「パッとやって、ガァーといって、ダァーとこなすのだ」という説明をクローが理解できなかったのだ。『毒物判定』の呪文を教えられる使い手に会えたのは凄い幸運としか言いようがない。

「ええ、僕も『毒物判定』の魔法で解決するつもりでした。しかし、『不文律』だとは思うのですが……『解毒』の呪文といい……『毒物判定』の呪文といい……どういう原理なのでしょうね?」

 イサムが開けてはならない扉をあけてしまう。

 科学的に考えると毒に犯された生物から毒だけを除去するのは不可能である。対症療法的に色々とやるから、一部の毒は無害にできるだけだ。

 毒物かどうかを判定するのも概念的過ぎる。

 まず、「どこから毒なのか?」という疑問が起こるはずだし、万人が毒と認めるものでも「どうやって判定しているんだ?」という疑問が続くはずなのだ。

「『解毒』の呪文なんて駆け出しの神官でも使える初級呪文に過ぎないぞ? 『毒物判定』は少し珍しいけど……ある程度、魔法に詳しい奴なら名前は確実に知っているぞ?」

 一番疑問に思うべきリーンが呆れ顔で言った。

 彼の頭の中で魔法理論がいかに構築されているのかは……彼自身を含めて誰にも解からないだろう。

「『毒物判定』ってのは初めて聞いたけど……『解毒』の魔法なんてどのファンタジーでも聞いたぜ? この世界に無いほうが変だろ?」

 コウも賛同するが……彼らの考えは真剣に問い詰めたくなるのが普通だろう。

 クローとイサムは苦い顔をしているが、心底安心しているのはこの二人の方だ。

 他に方法が無ければ人類の伝統に則り……人体実験するしかない。

「で、大きな問題点ってなんだ?」

 コウが話を本筋へ引き戻した。

「再現性です。この方法では仮に成功してもその一回限りで終わりです。塩を大量に入れるんですから麹菌は……麹菌か代用菌かはほとんど死滅してしまいます。回収できません。それと成功率ですね。これだと成功に影響する要素が多すぎてきついです」

 イサムは皆に問題点を指摘した。

「せっかく成功してもそれっきりじゃ……オレ様は逆に我慢できないのだ」

 リーンは納得したのか肯いた。

「麹菌かその代用菌……ようするに菌は回収?できんのか?」

 いままで説明されてなかった技術を問いただすコウ。

「醗酵させたそら豆に塩を入れる直前に一部確保するんです。確保したのは乾燥させて何か密封容器のようなもの――これも何か考える必要がありますね――に入れて保存します。二年くらいは保存できるそうですよ」

「ああ、なるほど、少なくとも一年持てば……毎年仕込めば良いってことになるな。というか……その乾燥させたのが『俺たちの麹』になるわけだ」

 クローが話の先取りした。

「そうだな……そこまでいけば人に頼むことも可能かもしれん」

 コウも同意した。彼らとて、醤油と味噌造りに一生を捧げる覚悟まではできていない。

「……んあ? なんで味噌一号が味噌の祖先なのだ?」

 リーンが置いてきぼりになってたことに気がついた。

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