第15話

「それです! 味噌一号は味噌の祖先だと僕は思ったんですよ!」

 イサムの鼻息は荒かった。

「なんでそう思ったんだ?」

 クローが当然の質問で返した。

「えーとですね……ここからは完全に僕の想像ですよ? 古代の……たぶん、中国ですね、造り方ごと中国から日本に伝来したはずですから。古代中国の王……いえ、まだ王なんて概念が無いくらい昔でしょう。族長だとか……村長だとか呼ばれる人が一番偉いような時代です。まだ文字も発明してなかったぐらいの時代じゃないかな? その時代のリーダーが配下に命令するんです。塩漬け豆を作るべしと」

 説明するイサムの顔は生き生きとしていた。もしかしたら考古学に興味があるのかもしれなかった。

「まあ……塩漬け食料は最古の保存食だろうな。冬を越すための蓄えとして作ってもおかしくないな」

 クローが合いの手を入れる。

「塩漬けはなんでもあるのだ。オレ様はだいたい苦手だが。なんでリーダーなのだ?」

 リーンは興味津々の様子で話の続きをせがむ。

「別にリーダーでなくても良いのですが……僕が思うにリーダーの命令での時が一番よさそうなんです。大きな集団のリーダーなら……それは多くの豆を塩漬けにすると思うんですよ。クローが言ってたように、茹でたての豆を扱うのは大変です。ですから、大量の豆は茹でられるたびに一旦放置されたはずです。おそらく、早く冷める様に平らにして」

 喉が渇いたのか、イサムは水に手を伸ばした。

「特にいまのところ……考えに綻びは無いと思うぜ?」

 コウも促すように合いの手をいれる。

 それに微笑むようにしてイサムが話を続けた。

「たぶん、最初にみんなで茹でる作業に懸かりっきりになって……放置する時間はそこそこ長く取ってしまうでしょう。それから手の空いたものから塩漬け作業に取り掛かり、作業が終わったらどんどんと保存場所へ貯蔵します。あとは冬を越す二、三ヶ月の間に塩漬け豆を食べるのです」

 ここでイサムは三人の理解を窺う様に話すのを止めた。

「うん? いまの話に味噌でてきてないぞ?」

 リーンは容易くイサムの罠にかかってしまう。

「いえ、もう出てきてます。ほとんど同じ工程で作ったのに、なぜか美味しい塩漬け豆があったんです! それが原始的な味噌に違いありません。古代人には全く理屈は理解できないでしょうが……なぜか塩漬け豆にすると美味しい塩漬け豆が『できることがある』とは理解できたはずです。たぶん、味は味噌と言うより……味噌味が僅かにする塩漬け豆だったとは思いますけどね」

 イサムはそういうが、理論の飛躍があるようにも思える説だった。

「それは……牛乳のときの勝手にヨーグルト化と同じじゃねえか?」

 コウがイサムの説を評論した。

「いえ! 牛乳を放置するより一工程多いんですよ! 茹でた大量の豆を平らにならして冷ます……これが豆を醗酵させてたんです。大量に茹でたんですから……最後に壷に漬ける豆は数時間放置されていたでしょうし……良い位置にあれば適温状態が長く続きます。周りには熱い豆だらけですからね。そこで豆を醗酵させるには最適な環境が偶然できてもおかしくないんです」

 イサムは自慢顔で自説を続けた。人によっては腹が立つ表情といえる。

「麹菌は……ああ、空中に浮遊してた麹菌が偶然……これまた偶然醗酵に適した位置にある豆のあたりに付着するのか」

 クローが説明されてなかった部分を自己解決させる。

「古代人は長い間悩んだと思いますよー。美味しい塩漬け豆が出来ることには。理屈はともかく、再現する方法には興味津々だったでしょうね。……でも、ここからが謎なんですよね。完全に醗酵させてから漬ければ良いんですが……それはどう判断したのか。醗酵は判断可能なんですよね。慣れれば視覚的に判別つくそうですし……。でも、醗酵するときとしないときの区別が必要だし……。そこから麹という理解には飛躍がある過ぎる気も……。それに麹の保存方法の知識が……味噌倉方式は発想可能なんですが……それだと移動方法が……」

 イサムは歴史の謎と言う自分の世界に引き篭もりだした。

「古代人がどう麹を理解したかはどうでもいい! 俺たちは理解してんだ!」

 コウが慌てて自分達のブレインを引き戻す。

「それで……どうして俺たちを集めたんだ?」

 クローもコウの手助けをした。

「ああ、それです! つい、目の前のできごとに熱中してしまいました」

 イサムは照れ笑いをした。その後、わざとらしく咳払いをして続けた。

「二手に分かれませんか? 今日やる事は他にあるんですが、今後の予定の提案です」

 一瞬、三人は意表をつかれて無言になる。

「どうしてだ?」

 コウが代表して質問した。

「僕らは醗酵に関しては素人です。ここでプロをコウに引っ掛k……スカウトしてきて欲しいんです」

 イサムは遠慮した言い方をした。

「プロ? そんなのがいんのか?」

 コウが不審そうにイサムに訊いた。

「麹を取り扱う職人はいませんが……この世界にも酒造り職人がいます。ビール造り職人とワイン造り職人ですね。それとチーズ造り職人が欲しいです」

 イサムは推薦の職人を列挙した。

「チーズ造り職人? それは少し畑違いじゃないか?」

 クローも説明を要求した。

「チーズ造り職人は最重要です。この文明でどこまで発展しているか解かりませんが……この世界で可能な殺菌と温度管理の知識と技術があるんです!」

 そうイサムは力説するが、あながち間違った意見ではない。

 彼らが現代の知識やリーンの超魔力でかなりの問題解決をしているといっても……この世界での方法を調べたり、知識や技術を持つ者の確保は重要だ。

「なるほど……で、そいつらはどこにいんだ?」

 理解した顔でコウがたずねた。

「徴税役人の方に訊いてあります。ビール工房とワイン工房、チーズ造りの名人の名前と地名です。地名は誰か『ハーレムさん』が解かると思いますよ」

 そう言いながらイサムは羊皮紙をコウに渡した。

「俺の女たちを『ハーレムさん』と呼ぶな!」

 文句を言いながらも羊皮紙を受け取るコウ。

「二手に分かれるとすると……どういう分け方だ? イサムがついて行くのか? それなら全員で動いた方が良くないか?」

 クローは首を捻りながら考えていた。

「ついていくのはクローですよ。万が一……億が一スカウトに失敗しても、クローは全業種の技術を『能力』で習得してきてください。それとビール工房ではビール酵母、ワイン工房では何でも良いのでワイン熟成に使用したもの、チーズ造りの名人からはカビを絶対にもらってきてください。チーズはカビ系チーズ造りの名人を選んでリストアップしてあります」

 クローには細かな指示があったのは、コウのお目付け役を兼ねているのかもしれない。

「オレ様は?」

 リーンがニコニコしながらたずねた。

「リーンは……これからみんなにも手伝ってもらいますが、僕と一緒に麹室作りですよ」

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