第16話

「ここいらは現在使われていないそうです」

 彼らはイサムの案内で王城の一角に来ていた。

「ここは離宮だぞ、一応。近いから王宮の一部に思えるけど」

 リーンが一応のフォローを入れる。

「なんつうかさ……この国の人たちおかしいよな!」

 コウは呆れて喚きだした。

「ここにも一式というか……ここだけで王宮と同じ施設があるんだよな?」

 クローも呆れ顔だ。

 中世の施政者の特徴に、現代の日本人には全く理解不可能な居住空間の広さが挙げられる。力ある貴族の邸宅が日本の小学校程度――もちろん校庭と体育館込みで――の規模だ。王ともなれば大学、それも総合大学の規模と同等か超えている。

「広くて逆に効率悪くならないんですかね? あ、いた、いた……この人です!」

 イサムが案内した部屋――大広間には皮のエプロンをした中年男が待っていた。

 大広間の中央には奇妙なものがあり、それは骨組みだけの小屋のようだった。日本の運動会などで設営されるテント……それが一番近い形だろうか。他にも木材や何かの工具が置いてある。

 四人が近づくと中年男はお辞儀をした。

「大工さんのペーターさんです」

「旦那様方、ペーターと申します。木工職人をしております」

 さりげなく職業を訂正したのは、木工職人より大工の方が偉いからだ。イサムの勘違いといえども、この世界での身分詐称は時に命にかかわる。

「それで……どうやって作んだ? 見たところ細い棒しか用意してないじゃないか」

 自己紹介などが済んだところで、コウがイサムに切りだした。

「あー……それじゃあ、リーン。まずは床を作ってください。えっと……条件は物を通さない。特に熱を通さない結界で」

 テントのようなものを指し示しながら、イサムはリーンに不思議な注文をした。

「んあ? この大きさなら大したことないが……どれくらい持たせるのだ? 流石に十年単位だと本気でやらないと駄目だぞ」

「半年も持てば十分です。今回は大きさよりも数作る予定ですから」

「ああ、なるほど……麹室?とかいうのは温室と同じ方法で作るつもりか」

 理解できたのかクローが肯いた。

「そうです。イメージ的には……発泡スチロールで作られた小屋ですかね。何か思ったことがあったらいつも通り言ってください」

「もうできてるぞ」

 リーンの言葉に全員が骨組みだけのテントの床の部分を見るが……何も見えない。

「あっ……透明だったんだ。今回は光も遮断したかったんだよな。リーン、これって色も付けれるんですか?」

「光も遮断なら自由に色は付けれる」

 その言葉と共に見えるように……黒い床が出現した。

「乗ってみても良いか?」

 コウが訊いた。

「問題ないぞ。思いっきり踏みつけても壊せない程度にはした。足の方が痛いはずだ。ああ……コウの剣で触るなよ。そいつには耐え切れない」

 珍しく専門家らしい発言で……リーンが魔法使いなのを全員が思い出したようだ。

「黒じゃダメじゃないか? これだと汚れが解からないぞ?」

 全員で床に乗ってみた後、クローが意見を述べた。

「ああ、そうですね。病院みたいな白が良いのかな」

 イサムの言葉に全員が一旦外に出て、リーンが結界を張りなおす。

「温室みたいに外からの光と熱を通さなくて良いのか? あと空気も」

 コウも基本的な考えをチェックしだした。

「味噌などの保存は基本的に冷暗所ですから……紫外線か何かが駄目だと思うんですよね。それに今回は太陽熱で暖めるんじゃなくて……一定の温度にしたいので外からの加熱は邪魔です。雑菌も排除したいので空気の移動も良くないですね」

 イサムの頭の中には完成形があるようだった。全員を集めたのは何か自分では思いつかなかった問題を発見して欲しいのだろう。

 事実、胡椒畑を結界で囲むときは何度も失敗してやり直す羽目になっていた。

 中から外へ熱は通さない。それだけで温室はできるのだが……風をどうするか、空気をどうするか、水をどうするかなどと基本設計から抜けたことは多かった。

 だが、ガラスで温室を作るよりはずっと簡単な方法だったのだ。この世界でガラスの温室を作ったら……莫大な金額になるし、質が良いものも作れない。

 百年単位で何も通れないような結界が……それも城や森が丸々という規模の結界がゴロゴロ世界だ。全ての魔法を修めた世界最高の魔法使いが精々が三畳程度の面積を、それも半年程度の瞬く間の時間だけ結界を張るのが不可能なはずが無かった。

「次は壁ですね。条件は同じでお願いします」

 そのイサムの言葉と共に黒い結界で壁の一面が作られる。

「白って言っただろうが!」

「言わなかったのだ! 白って言ったのは床のときなのだ!」

 コウのツッコミに屁理屈で応じるリーン。

「すいません、リーン……白で――」

 とりなすイサムをクローが止めた。

「待った! 要するに発泡スチロールだよな? なら空気穴がいる。無かったら窒息する」

「ああ、そうか……マンションなんかにある小さい奴があれば良いですよね。ちょっと待っててください」

 そう言うと、あんぐりと口を開いたままのペーターにイサムは駆け寄った。

 そしてイサムはペーターに何か説明をした。ペーターは何か作業に取り掛かり……すぐに一緒に小屋の方まで戻ってきた。手には十センチ四方程度の四角い板を何枚も持っていて、その板には大きな穴が開けられていた。

「リーン、一旦、壁の結界を消してください。……ペーターさん、お願いします」

 イサムの言葉でペーターが骨組みのところに持ってきた穴の開いた板を取り付け始める。

「考えたな! 結界に穴を開けるより、この方が楽チンなのだ!」

 楽になると知ってリーンは大喜びだ。

 望む小屋の形でいきなり結界を作れば良いのだが……なぜか結界は複雑な形にしようとすればするほど難しくなっていく。単純な平面とか半球型とかのイメージしやすいほうが簡単だ。この方式ならばリーンは木材を埋める平面の形という単純なイメージで済む。

「胡椒畑は手こずってたもんな……待って! 空気穴は向き合うのは互い違いで……上と下でも違うほうが良いです!」

 二つ目の空気穴を取り付けようとしたペーターをクローが止め、説明するのにペーターの方へ駆け寄っていく。

「ああ、そうか……まっすぐ空気が通るのは良くないか」

 コウも納得して肯いた。

「よし、もう良いようだな。ほら、どうだ?」

 リーンが小屋に結界の壁を作った。今度は注文どおり白だ。

「ふむ……良いんじゃないか? ところで入り口はどうするんだ?」

 クローが当たり前の疑問を口にした。

「あっ……ちょっと待っててください」

 そういうとイサムはペーターのところに駆け寄る。イサムが何か説明すると、ペーターは木材と工具のある方へと戻っていく。

「扉……というか、この場合は扉枠ですね。いまそれを作ってもらってます。扉は……そのうち木材で作ってもらおうかな」

「それは二度手間だな。ちょっと待ってろ」

 アイデアを考えていたイサムをコウが止めた。

 コウはすでに扉枠を作りはじめていたペーターを制止して、何やら注文をしている。木工職人であるペーターにしてみれば、予め用意した木材で単なる四角い木枠を作るのは簡単であるはずなのだが――

 コウの注文で完成しかけていた木枠をペーターはばらしてしまう。そして何やら熱心に作り始めた。

 しばらく三人が不思議そうに眺めていると――

 コウとペーターは小屋の方に戻ってきた。ペーターの手には扉つきの扉枠がある。ただし、扉も木枠だ。

「あっ……そうか。扉も結界で作れば良いのか」

 イサムの納得した声が漏れた。

 ペーターが扉を取り付けると、リーンがどんどん結界を張っていく――ほどなく、結界製の小屋は完成した……屋根だけは黒い。

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