第17話

「うん、良いんじゃないか? この調子ならすぐに終わるんじゃないか?」

 クローが完成した麹室をそう評した。

「だな……すぐはじめるか?」

 リーンも賛同した。

「いえ……リーンよりもペーターさんの方があれですね。ペーターさん! こういうのを最低でもあと二軒……何かの時に追加できるようにもしたいから……完成品であと二軒、材料も十軒分くらいは用意して欲しいんですよ。できます?」

 イサムの言葉にペーターはかくかくと何度も肯く。が、恐る恐る完成した小屋に近づくと、問いかけるような顔で四人を見る。

「あ……触っても大丈夫ですよ」

 察したクローがペーターに許可をだした。

 他の三人はクローが言い出すまで、ペーターが何をしたかったのかまるで解らなかったようだ。

 許可が下りたペーターは小屋を真剣に調べはじめた。特に扉部分の出来具合には関心があるようだ。しかし、少し強く扉を開いたときに小屋の方が大きく動いてしまう。

 四人も想定外のことに驚きだが……ペーターの方は涙目で四人の方を振り返る。

「……こいつ動くんだな」

「当たり前だぞ。要するに魔法の剣と同じだ。魔法の剣が動かせなかったら困るだろうが?」

 コウとリーンは暢気なことを言っているが――

「あっ! 大丈夫ですよ! 平気ですから! 気にしないで!」

 慌ててクローがフォローした。

「あー……重さが無いのか……まあ、これは嬉しい誤算ですね、持ち運びができます。とりあえず何か適当な重石でも用意しておきますか」

 クローの気遣いも、イサムにはどこ吹く風のようだった。

 しばらく走馬灯と断頭台の幻影に悩まされいたのだろうが、意を決したようにペーターが四人の元にやってくる。

「だ、旦那様方……旦那様方の……この……お屋敷を調べさしてもらいました。あ、あっしが思いますに……もう少し硬い木で……少なくとも扉のところは硬い木でお作りになった方が良いかとあっしは……あっしは存じます!」

 ペーターはつまりながら四人に話した。ところどころ言葉につまっているのは、正しい話し方を考えていたからだろう。

「あっ……そうか。扉のところは完全に木材だけで支えることになりますね。ペーターさんがいいと思うものを用意しちゃってください」

 イサムの返答に――

「かしこまりました」

 安心したようにペーターは答えた。

「そういえばリーン……お前、四天王とかいう奴ら倒したとき……魔法を完全にはじき返す結界を使わなかったか?」

 話は終わったとみたのか、クローは小屋を調べながら言った。

「四天王? 何人目の奴だ?」

「五人目の人ですよ。一人だけ仲間はずれだった『魔』の四天王」

 リーンの質問にイサムが答えた。

「ああ、なんでか地水火風のあとに出てきた奴のときな。なんで一人だけ変な属性だったんだろうな?」

 クローの疑問は変ではないが……もっと大きな疑問が発生するはずではある。

「『我が真の……我一人だけが真の四天王なのだ』とかいってたしな……。気になんならアースに聞いておくか?」

 そう言ったコウも疑問に思っていたようだった。

 さらに大きな疑問が発生するはずだが四人には気にならないらしい。

 コウがいうアースとは『四天王が一人、地の四天王アース』という魔王の側近だったのだが……四天王の紅一点だったがため、現在はコウの『ハーレムさん』の一人になっている。

「で、魔法完全反射の結界がどうしたのだ?」

 珍しくリーンが話の脱線を戻した。

「光の完全反射の結界もできるのか?」

 かなりの勢いでクローは訊いた。

「そんなのやったこと無いが……できると思うぞ?」

「ペーターさん! お願いがあります!」

 リーンの返事を聞くと、クローはペーターの方へ走っていった。

 そのままクローはペーターの前で両手を四角く動かすジェスチャーをしながら何かの説明をした。その説明を受けてペーターは何やら作業を始める。三人は不思議そうに眺めていたが――

 すぐにクローは戻ってきた。手には五十センチ四方くらいの木枠を持っている。

「よし、リーン! こいつに光の完全反射の結界を張ってくれ!」

「ああ……なるほど」

 理解できたのかイサムは肯いた。

「なんなのだ? まあ、いいけど……ほれ」

 リーンがそう言うとクローの持つ木枠に光の完全反射の結界が張られ……鏡になってた。

「なんだ……鏡が欲しかったのか」

 コウは呆れたようにクローに言った。

「馬鹿! この世界の鏡は変なんだよ! ……ケマがいつも嘆いていてな。これはアイツにプレゼントするんだ!」

 クローの反論に――

「でしょうね。たぶん、この世界にあるのは金属鏡……金属を磨いただけのものです。第二王女でも……というか、それすら第二王女くらいの高い身分でなければ所持できません。その大きさの鏡なら……王家第一の家宝レベルになってもおかしくないですね。女性へのプレゼントなら最上のものでしょう」

 イサムが説明を加えた。すると――

「なんだと? クロー、そんな半年程度しか持たないものでは不満だろう? 木枠も壊れにくいように魔法で強化しておくか? いまオレ様が作り直してやる! ……そしてペーター! オレ様にも同じものを作るのだ!」

 そんなことを言いながら、リーンは右手の近くに生み出した闇から愛用の魔法の杖を引きずりだす。彼が本気で魔法を使う証拠だ!

 愛用の魔法の杖を手に長い呪文の詠唱まで行って、すぐに魔法の鏡は二つ完成した。

「おお! ありがとうな、リーン!」

「うむ。本気でやったから十年は軽く魔法が維持されるはずだ。で、相談なのだがな――」

「解ってる。こいつは二人の共作だ。胸を張ってプレゼントしようぜ」

「す、すまない。オレ様もたまにはヴィヴィアに孝行をしないと……」

 クローとリーンは変な男の友情を繰り広げだした。

「お、俺は……俺は二人のおこぼれで構わないんだぜ!」

 恥ずかしいのか、僅かに顔を赤くしながらコウが言った。いつのまに用意してもらったのか、手には木枠をちゃっかりと持っている。

「別にもう一枚作るくらいならまだ魔力があるが……三桁は無理だぞ? というか、三桁の数を作るなんて今日じゃなくても嫌だぞ?」

 そんなことを言われながらコウも作ってもらう。これはリーンが嫌味だとか心が狭いというより……三桁の愛人を持つコウの方に問題があるだろう。

「しかし……麹室の壁といい、その鏡といい……平面の結界はつるつるなんですねぇ……」

 感慨深げにイサムは感想を述べた。

「なにを言ってるのだ? 平面はつるつるに決まってるじゃないか?」

 イサムの言葉にリーンは異を唱えた。

「あー……そうか……。イメージ優先であるのならば……『見た目は平面だけど実は細かくボコボコしている』の方がイメージしにくいのか」

 またもイサムは開けてはいけない扉を開けようとしているようであった。筋が通るんだか、通らないのだか……。概念と実在が交差しそうな雰囲気だ。

「ひ、ひとつか……うむむむ……」

 その横では鏡を睨みながらコウが呻いていた。

 愛人の誰に鏡をプレゼントしても……内戦の勃発は避けられないからだろう。

「そんなに悩むのなら、鏡の量産でもすればいいじゃないですか」

 呆れたイサムがコウに提案した。

「量産? できんのか?」

「いま思いついたんですが……板ガラスを生産できそうなんですよね。その鏡と似たような理屈で結界を……溶かしたガラスを通さない平面の結界を作れば生産できそうです。ただ流し込んで冷えたら取り出すか、結界を解除するかで……千年先の板ガラスの完成です」

「板ガラスがあっても仕方がないだろ? 欲しいのは鏡だ」

「板ガラスができたら適当に切り分けて……メッキかなにかすれば良いじゃないですか。化学反応だけでやる鍍金法はこの時代でも可能ですし」

「なんだと? 本当か?」

「……いつかやるとしても、それは醤油と味噌のあとな?」

 そんな話をしていたコウとイサムをクローが止めた。

「そうですね。でも、落ち着いてからリーンの領地でガラス産業でも興しますか。飛ぶように売れるでしょうし、原材料は砂だけですし」

 イサムがまとめようとするが――

「だ、だめだぞ……工房を作るような領地も……従事するような領民もいないんだぞ?」

 申し訳無さそうにリーンが断る。

「……リーンの領地再興の優先順位は高えな」

 呆れた口調でコウが締めくくった。

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